2012-08-18
高校野球から NO 3018
NHKの「梅ちゃん先生」を観ていたら、昭和31年設定という中で近所の食堂にテレビが入ったというストーリーがあったが、当時は14インチで8万円という高額だったらしい。
そんな「梅ちゃん先生」の番組だが、夏前の頃に「デート」という会話が出て来て物議を醸していた。その当時にそんな言葉はなく、時代考証がおかしいという批判の声があったそうだが、その代わりになる言葉は何だったのだろうかと興味を覚えた。
さて、午後、空が急に暗くなったと思ったら突然の雷雨にびっくり。お通夜の準備設営に向かっているであろうスタッフ達の無事を祈った。
長居公園の植え込みに落雷があって負傷者が出たというニュースがあったが、いやはや雷とは想像の及ばない現象である。
阪神タイガースの甲子園球場での試合をテレビで観ている場合、降雨があって30分ほどすると我が大阪の地に雨が降り出すパターンが多いが、今日は全く逆のケースで、大阪が激しい雷雨に襲われている時、甲子園球場では炎天下でゲームが続いていた。
そんな甲子園が雷雨でゲームが中断されたのは、それから1時間ほど経ってからのことだったが、約2時間ほど中断を余儀なくされていた。
中継の穴を埋めるために過去の収録映像が放送されていたが、そんな中で最長記録となった試合もあり、それで敗れたチームの捕手をされていた人物の葬儀を担当した際の思い出が蘇った。
他府県から要望があって担当するご仏縁となったのだが、1000人近い参列者が予想されるお寺でのご葬儀。その地の式次第の慣習を確認して変更するべきと考え、導師の方と綿密な打ち合わせを行い、やがて「任せるよ」となって地元では考えられない式次第を進めた。
その地では開式と同時に焼香が自由となり、遺族や親戚の方々が焼香をされる頃には会葬者の大半が帰られた後という次第であり、開式前に次のようなアナウンスでお断りを入れた。
「故 人は著名なお方で、歴史としていつまでも伝えられお方でもあられます。本日のご会葬も全国各地からお越しくださることでしょう。そこで誠に勝手で恐縮です が式次第を変更させていただきたく存じます。皆様のご焼香拝受までしばらくお時間を頂戴いたしますのでご海容くださいますよう」
少し重い口調で喋ったのが効を奏したのか、焼香は案内するまでお待ち願うこととなり、どなたも焼香所へ出て来られなかったのでホッとした。
境内のあちこちにセッティングしてあるスピーカーから厳粛な雰囲気の読経が流れる。側にいた地元の役員代表の方が「こんなの初めてだけどいいな」なんて言ってくれたので何とかなりそうだと確信を抱き、導師の引導の後のコメントにも変更についてのお詫びとお願いを加えた。
やがてその葬儀が終わった。800人ぐらいの方が手を合わされる中をご出棺されたが、地元の方々から「これが本当のあり方みたいに感じたよ」と言われて嬉しく思った。
葬儀は「人を集め、人を走らせる」という言葉があり、各地に伝わる習俗が土着すると、時には宗教作法よりも強いケースもあるぐらいだが、こんな変更は提起 するべきだと思うし、その後も司会を依頼された全国各地で何度もオリジナルな式次第を実行したことも私の歴史のひとつである。
今日の写真は昨日に続いて「お葬式フェア」の一枚から。東京の会場となったビルには水族館があり、数年後に孫を連れて行ったことを思い出す。