2012-09-12

手を合わせながら  NO  3043


  ニューヨークの同時多発テロから11年となった。貿易センタービルにセスナ機が操縦ミスで激突した。そう思った光景をテレビの速報ニュースで目にしたのは 銭湯だった。自宅に戻ると娘が「大変なことが起きている」と言ったので画面を見たら、隣のビルに2機目が激突したところで、何が起きたかは理解出来ず、そ れがテロと知ったのはそれから報じられた特別番組の中だった。

 あれからイラク戦争に進み、やがてアフガニスタンでの戦争に至り、アフリカから中東での次々に「アラブの春」現象が起き、政権が大きく変化した国も出たが、イラクでは無差別な爆発テロが続いているし、シリアでは毎日多くの弱者が攻撃の犠牲者となっている。

 シリアは二つの代理戦争だと分析するジャーナリストがいた。一つは西側諸国と東側諸国の争いで、国連の措置に反対をした中国とロシアの行動が物語っているし、もう一つは根深い宗教の対立であった。

 これまでに「宗教と戦争は人を変える」と何度も書いたが、平和な日本人には絶対に理解出来ないかもしれないが、それらは神風特攻隊や一連のオウム事件にも顕著なところだ。

 過日に韓国で歴史に残る宗教の創始者の訃報があった。統一教会の教祖だが、過去に広い競技場で行われた集団結婚式と言えば誰も思い出すだろう。

 信仰の姿は美しく尊いものだが、どこかで間違ってしまうと誰もそれをニュートラルに戻すことは不可能で、それらは逮捕されて話題を呼んだオウムの手配犯にも見ることが出来た。

 仏教は「奪い合い」ではなく「与え合い」の教え。故に合掌や「ナマステー」の姿が美しいのだが、今や世界人口のパーセンテージからすると、かなり少なくなって寂しい状況となっている。

 世界平和を願う国際的な宗教者会議も開催されているが、国家間の争いを止めさせることも出来ずに残念でならず、地球上に生きる「人間の性」の恐ろしさを痛感するこの頃であり、弱者が救われることを祈念して手を合わす。

 さて、美味しいものを食べると幸せだが、私のような入院闘病生活の体験があると、美味しいと感じられるだけでも幸せ感に包まれる。

 過日、近所の娘さんから、お父さんと行かれたゴルフ帰りに立ち寄られた店で、特別に美味しいという「巨峰」を入手されてご持参くださったが、見るからに新鮮でそれはそれは美味しく頂戴した。

 遠い昔では考えられない「種無し」の巨峰。種がないので食べ易いところから食べ過ぎる問題があるが、ほんに幸せ感に浸れるひとときだった。

  30代の頃だったが、熊本県を走る国道3号線の松橋運転免許センターのすぐ近くで「ぶどう研究所」という看板が目に留まり、興味を抱いて立ち寄ったことが あったが、見せてくれた巨峰みたいなブドウの大きさにびっくり、色はもう少しピンクが強かったように記憶しているが、直径2.5センチぐらいあったので唖 然とした。

 そこで何種類か試験中というブドウを試食させて貰ったが、一部を販売されていたので購入したのは言うまでもない。果たして今でも存在しているのだろうか?

 夏と冬に娘が送ってくれるものがある。それは「食源探訪」という銘柄のコーン・ポタージュで、西部系のデパートで期間限定で発売されているものだが、いつも夫婦で取り合いするほど美味しいのでお勧めである。

 一流ホテルのシェフが携わって缶詰にして販売されているものが増えたが、札幌グランドホテルのコーン、ハンプキンなどのスープの詰め合わせもお気に入りで、友人や知人にプレゼントしたら大層喜ばれたこともあった。

 今日の写真は、昨号に続いて女性スタッフ達の合掌の姿。「ご仏縁からあなた様のご葬儀のお手伝いをさせていただきます。懸命に努めます」と唱えて手を合わせるように教えて来たが、重視するのは「後ろ姿」で、そこには礼節の全てが映し出されるような気がする。
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