2012-10-12

秋の思い出  NO 3073


 午後に行われていたご葬儀に参列、詩吟の世界で「九段」だったという故人。お仲間の皆さんがご多数参列され、式次第の中で追悼の詩を献じられた。

 それを拝聴しながら考えたのは、これらが決められた旋律で音楽的であることで、「声明」を別として考えても、導師のご読経にも旋律があり、こんな音楽的なことを決められた時代がいつなのだろうかと興味を覚えた。

 女性司会者のナレーションをに耳を傾けていた。元一流アナウンサーだけに「語り」が高度なのは当たり前だが、一緒に仕事をすることになった当時からすると随分と「優しい雰囲気」がアップしたと感じている。

 司会者の言葉のフィーリングの「優しさ」とは内面から自然に生まれるものでなくてはならず、ただうまく喋るだけでは聞く人の心の扉を開けることは出来ないもの。今、彼女は私が認める超一流の司会者の域に達したようだ。

 深まりゆく秋、この時期になると思い出す昔の出来事がある。青春時代のことだが、近所の青年団組織の方からハイキングに誘われ、友人達4人で参加することなったのだが、それぞれが昼食の弁当を用意して待ち合わせたところで予想もしなかった光景が飛び込んで来た。

  当時、アイビールックというものが流行しており、若者の大半が「VAN」や「JUN」というメーカーの服装を身に付けていた。バスケットシューズを履き、 短めの綿パンというスタイルがその典型だったが、そんな姿で集合場所の寺田町駅に行ってみたら、青年団の皆さんの服装は完全な登山スタイルで、登山靴まで 履いていたのだから驚いた。

 行き先は近鉄線の赤目方面だったが、これはあまりも場違いだと感じた我々は、今はマクドナルドになっている場所にあった当時の「玉一」という喫茶店に入って身を隠し、参加しないでおこうと相談していた。

  そんな我々を呼びに来てくれた人物がいた。我々の行動を見ていたらしく、事情を説明したら「そんなこと気にせずに行こう。参加することに意義がある」と、 ちょうど東京オリンピックの次の年だったのでそんな言葉が出たのだろうが、今で言うなら「KY」スタイルで参加する覚悟を決めた。

 我々全員がスポーツで鍛えていたところから、目的地からの帰路は駅まで誰が早く着くかを競うことになり、青年団のメンバーの中から5人ほどの方も参加されたが、我々4人が大きく引き離して到着。皆さんがびっくりされていたことが懐かしく思い出される。

 そんな青年団でご活躍された方々の何人かのご葬儀を担当させていただいたが、私自身も年金受給の年齢なのだから振り返ると時の流れとは早いもの。

 奇しくも今日は結婚記念日。「カレーは野菜だけ」「炊き込みご飯に鳥や魚はだめ」「肉じゃがはジャガイモだけ」なんて病的なほどの偏食を貫き通したこれまでだが、もう少しだけ「この世」に存在したいと願いながら、孫達の成長を見届けたい昨今である。

  今日の写真は、孫の写真の中のお気に入りのひとこま。ちょっと目を離した間に「ぬかるみ」にはまり、本人も驚いた様子。足元にその痕跡があるのが面白い が、子供は好奇心旺盛なのが当たり前だが、怪我や事故は親の責任だと考えたいもの。こんな笑える出来事ならよいが、世間には悲しいことがいっぱい起きてい る。幼い子供達から決して目を離さないように。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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