2012-10-21
紅葉は葉の命の燃焼 NO 3081"
午前中に行われていたお葬式に参列、お通夜でのご導師の法話の中で触れられた「法名」の文字の解説が中々のものだった。故人の俗名から「美」を一字と季節と人生から「楓」の文字を授与されており、日本舞踊の造詣深かった故人の人生に相応しい思いを抱いた。
数日前、若い娘さんから電話があった。彼女は過日に書いた無宗教葬儀の方のお孫さんで、お祖母ちゃんに3人でお別れの言葉を捧げられた姿をつい昨日のように思い出した。
「母や祖母のことを独り言で書いていただき有り難うございました」と言われて恐縮したが、意外な訪問者があると知ってびっくり。長女さんがストレートで京都大学に入学されたように、皆さんの学業成績が高レベルなので羨ましい限り。
故人は詩吟の世界で多大なご功績を残されたお方。そんなお母様のお言葉を小冊子にまとめられた娘さんが喪主を務められたが、葬儀の中でその一部を朗読させていただき、その人生観に感銘を受けることになった。
『人生は四季、春・夏・秋・冬、誰かがそう言いました。先ほどご紹介申し上げました「吟詠人生応援歌」の最初のページの文章を抜粋させていただきますと、次のような文章になりました。
日本人は、古来、自然の美しさ、自らの感情などを、和歌や俳句に託してきました。熱帯地方にも寒帯地方にも、詩は生まれてきたのでしょうが、四季の移り変 わりのある温帯地方で生まれた詩や歌ほど、人間の心の奥底を揺さぶるものはないでしょう。ひとつは、四季折々の風景があまりにも美しいからでしょう。しか し、もうひとつには、人生そのものが春夏秋冬の移り変わりに喩えられるかも知れません。だからこそ、四季を与えられた我ら日本人は、厳しい人生の冬の真っ 只中でも「春の来ない冬はない」と耐えることが出来るのです。なるほど、年中「春」のような人生なら、どれほど楽だろうと思う日もあるでしょう。しかし、 人生にも四季があってこそ、実り多き時間を過ごしたと言えるかと思います。私も、また、長い冬を過ごして参りました。そして、今、しみじみと春のあたたか さをかみ締めております。そんな思いを託した私の言葉、冬の寒さに耐えてきた、私の愛する方々に送ります。
これより、ご葬送前夜式の結びに際し、献唱のひとときとさせていただきます。
恐れ入りますが、ご起立くださいませ。受付でお渡し申し上げた式次第の中に歌詞がございます。「四季の歌」を皆様でご唱和をいただき、故人に皆様のお声を捧げていただきたく存じます』
これは、前夜式で朗読したと記憶しているが、この季節が来ると思い出す文章があるのでここにしたためるが、その参考にさせていただいたのが上述のものである。
『あ るがまま 仏の里に舞う木の葉」そんな俳句がございます。日本人は、古来から自然の美しさを和歌や俳句に託してきましたが、我が国に生まれた詩や歌ほど、 人間の心の奥底を揺さぶるものはないと言われています。それは、四季折々の風景があまりにも美しいからでしょうが、それだけではなく、人生そのものを春夏 秋冬の移り変わりに喩えられたからかもしれません。
木枯らしが吹きすさび、北国に雪が舞う真冬、この季節は仏様が説かれた無常観「すべ てのものは移ろい行くひととき」という教えそのままを、自然の中に映し出してくれますが、そんな中、皆様が**様の現し世にあられし春秋を偲ばれ、思い出 が形見となったことだけが暖かい、今日、お別れの日です。
外は木枯らしが吹いています、木の葉が舞っています。「裏を見せ面を見せて散る紅葉」という高僧「良寛」様の時世の句を思い浮かべながら・・・』
葬儀の司会という仕事で結論に至ったことは3つあり、それは過日に来社した北海道、九州、名古屋の葬儀社のトップ達に伝え、全員が納得に至ったものだが、企業秘密としてここでの表記は差し控えよう。