2012-10-22

葬祭業の先祖?  NO 3083


 明日は全国で荒れ模様の天気だそうで、弊社の会館以外の葬儀も承っているので大変。その時間帯だけでも風雨が止んで欲しいと勝手なお願いをしてしまう。

 死と時間は誰にも平等に与えられいるという言葉があるが、人の死は盆も正月もなく、全国におられるご親戚や関係者の弔問と会葬にあって、「葬儀は人を集め、人を走らせる」という言葉を思い出す。

 過去にこの「独り言」で書いたことで反響が大きかったことを再度書いておくことにするが、国政や社会の乱れを感じながら、葬送の「かたち」が急変している最近の傾向に憂いを抱き、温故知新という言葉を思い浮かべながら再掲する。

 随分前だが、儒教に関する大学教授の講演を拝聴していた時、印象に残っている言葉があった。それは「医は仁術」という「仁」の語源が「忍」であること。そして「親孝行」の「孝」の語源が「養」ということ。

  先祖を敬うという「礼節」を重んずる「家」と「国」の倫理的な教え、それが儒教の根源にあるように思えるが、今や我が国の「儒教精神」の希薄化が急激の一 途、国を司る議員すら「とんでもない」ことをやっているようだし、本家である中国の現実にも寂しい思いを抱いてしまう。

 中国古典に「論語」「孟子」「大学」「中庸」という「四書」があるが、「礼」「儀」「仁」や「信」「智」を説く偉大な歴史の存在を、今こそ再認識しなければならない「世」のような感じがする。

 20年以上前のことだと記憶するが、当時に人気の高かった漫画「ビッグコミック」に、「墨子」「墨家」をキーワードにした物語が連載されていた。それは、古い時代の中国を描いた力作であったが、この「墨」の背景にあったのが「儒教」の存在だった。

 ある国立大学の社会学の教授から、「葬儀を勉強するなら『儒教』を学べ」と言われたことがあるが、日本の葬送儀礼は「儒教」の先祖供養によって成り立ってきたという事実もあり、その奥義の深さは計り知れないものである。

 墨家のつながりに「節葬」という言葉が存在し、それを今風に言えば「葬儀の簡略」ということになるだろうが、簡素という教えに儒教の「礼節を重んじる」思想だけは大切にされていたようだ。

 墨子は、葬送にあって欠かせない存在。それは、我々の仕事の先駆者だとも言えるだろうし、その後から始まる我々葬祭業の仕事、そんな立場にあって「家族葬」の裏側で起きている現実も考えなければならないこの頃である。

  我が業界に「家族葬」を前面に打ち出した組織は、自分達の利益のために構築したものだが、それは儒教精神の希薄や「檀家であるけど信者でない」という新聞 記事の見出しのような社会背景にあって、経費を掛けないという便利な発想として瞬く内に波及し、「向こう三軒両隣」ということさえ消えてしまい、病院から 専門式場に直行して、完全な「秘密 葬」として進められていることも少なくないようだ。

 経費を掛けたくないという本質には「無駄な」という問題が存在し、義理的参列者に対する抵抗感も強いが、弊社に求められる方々の「家族葬」でのご要望は、故人を大切に考えられるお考えが多く、同業他社に求められるケースとは異なっているように思える。

  ネット社会の到来でややこしい業者が存在していることも事実だし、アパートの一室で営業していても大企業のように見せられるのがHPの世界で、低価格の宣 伝に引っ掛かって二重の悲しみに陥られるご遺族に同情申し上げるが、「お葬式」は業者選びで全てが決まるという言葉もあり、後悔のないようにと願ってい る。
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