2012-10-30
何とか無事に NO 3090
近畿地方で冬の訪れを知らしめる「木枯らし一番」が吹いたそうだが、午前中に行われたご葬儀に参列、予定していた「お別れの言葉」を捧げて来た。
開式前にご導師の控え室にご挨拶に参上。弔辞に準じて「お別れの言葉」を入れさせていただくことのご了解を得た。
進行を担当する女性司会者に式次第を確認すると、ご弔電は開式前か閉式後にとご指示があったそうで、我が大阪市内では珍しい「差定」だが、それが本来だと考えているので抵抗はなく、代表者の指名焼香順位を確認してから開式となった。
ご導師が入場されてから「お棺」のところで「帰形式」を行われてからご着座。開式の辞で合掌礼拝が済むとご起立され、浄土真宗での葬儀では滅多に行われな い「散華」をされたので故人がきっとお喜びになられただろうと拝察、そのことを「お別れの言葉」の中でも触れさせていただいた。
国内では私だけというオリジナルな「お別れの言葉」だが、宗教者には抵抗がないように「命」と「宗教」を重視した内容になっており、終わってから控え室にご挨拶に伺うと「感じ入りました」と仰ってくださったのでホッとした。
お棺が開けられて「お別れ」が行われている時、参列されていた女性の方から「あんな内容を原稿もなしでどうなっているのですか。どういう方なのですか?」 と聞かれたが、そんな疑問を抱かれないようにと想定し、司会者にご仏縁と私の立場を前置きさせていたのだが、まさかと思われる内容だったようで、よい意味 での衝撃を受けられたというお言葉だったのでやった甲斐があったように思えた 。
ご出棺をお見送りした後、地域の重職にある方から「私が送られる際にもあんな言葉を」と頼まれたが、「私の方が先に逝きますから無理です」とお返し申し上げたら、側におられた方から「みんなを送ってから逝って貰わないと困るよ」と言われた。
ご出棺すると同時に女性司会者が午後の葬儀が行われるお寺へ向かったが、事故だけはないように安全運転をと伝え、ミスがないようにと心の中で手を合わせた。
夕方、還骨の儀式を担当した責任者から電話があり、お世話くださった方々からくれぐれもよろしくとのお言葉があったそうで安堵した。
故人と同年運まれの方を調べたら、東京都知事だった「青島幸男」氏や「石原慎太郎」氏、また懐かしい俳優さんだった「萬屋錦之助」氏や歌手の「フランク永 井」氏がおられた。そんなことには触れなかったが、「これからの皆様の人生にあられて、そんな方々をテレビか何かでご覧になられた際、故人のことを思い出 していただければ・・・」なんてコメントも葬儀の司会者としては考えて欲しいもの。
司会者とは黒子に徹して目立ってはいけないという考え方もあるが、究極のサービス業であるとの思いも重要で、言葉一つで会場空間を儀式空間に「神変」させることも可能な事実もある。そんなことを塾生達に伝えた思い出もあるが、彼らが実践してくれていることを願っている。
今日の写真は、過去にプレゼントくださった水引細工の手作り作品。写真では分かり難いだろうが、現物を目にすると<よくぞこんな物を>というレベル。数日 前に来阪した女性司会者の携帯電話の画像の中に同じ写真があったので確認したら、過去に添付した写真を取り込んでいたと聞いてびっくりだった。