2012-11-08

思うこと  NO 3099


 アメリカ大統領選挙、オバマ氏の続投が決定した。国内を二分した選挙戦だったが、それによって生じた「溝」の深さや軋轢は尋常なものではないだろうと推測、その対処がどうなるのだろうと懸念を抱いている。

  昨号で触れた田中文部科学大臣の「鶴の一声」事件だが、その波紋の大きさと集中する批判の矛先を転じるように、3校の否認を撤回するような発言が報じら れ、3校には大きな宣伝になったというようなことまで流れたので呆れ、この人物を大臣として起用された野田総理に終演カーテンコールの拍手を贈りたくなっ た。

 さて、9月に兵庫県内で発生した化学工場の爆発事故は凄まじいものだったようで、消火に駆け付けた消防自動車まで巻き込まれていた現場の映像に衝撃を受けたし、それによって殉職された消防士やご遺族の存在を思うと残念でならなかった。

 警察、消防、自衛官などが殉職された際、警察葬、消防葬という葬送式が行われるが、その中で捧げられる上官の弔辞の文言が常套的で残念でならない思いを抱いている。

 尊い命を捧げられた方に奉読する弔意、そこに「二度と繰り返さないように誓うところであります」というフレーズが必ず登場する。

 人類は、この繰り返しという「性(さが)」のある生きものである。現在でも世界中で起きている戦争の犠牲者を送る葬送の儀式だが、その言葉が何万回繰り返されても終わることはないだろう。
 かつての湾岸やイラク戦争、またアフガンでの犠牲者がアメリカという国に帰られ、そこで行われる国葬の光景を想像すると、その言葉の空しさが募ってきて仕方がない。

 毎日、毎日、殉職者への弔意が伝達されているだろうが、犠牲者、遺族のことを慮ると真の悲しみを理解しない「滑稽」な言葉にさえ思えてくる。

 命は尊いもの。殉職なんて大半が人災である。殉職のない世界が訪れるのは、いったいいつのことだろうか?

  一方で、中国の「万里の長城」ツアーに出掛けられた方々が遭難され、亡くなられたニュースにも衝撃を受けた。企画募集をしたツアー会社は過去に北海道で遭 難事故に関係していた会社で、危機管理について大きな疑問を抱いてしまったが、どんな仕事でも最悪のシナリオを想定することから逆算する姿勢が重要だろ う。

 これまでに何度も書いたことがあるが、今日あることは幸運なこと。列車、飛行機、バス、タクシーなどを利用したこともある筈だが、事故に遭遇しなかったからこそ今日がある訳で、大震災の現地におらなかったから命があるという考え方も忘れないで欲しいものだ。

  自宅の上を毎日のようにヘリコプターが飛んで行く。大阪の中心部と八尾飛行場を結ぶコースにあるからだが、大きな事件でも発生すれば警察、消防、報道など のヘリのエンジン音が頻繁に聞こえる。墜落しなかったから今日があるのであって、そんな幸運だけはずっと続いて欲しいものである。

 お通夜や葬儀が何軒も重なっているようで、遠方の式場に向かうスタッフ達の安全運転を願って手を合わす。

 今日の写真は、遠い昔のボンネットタイプのスクールバス。過日に書いたが3人目の孫がバスマニアで、トミカのミニシリーズを集めている。そこでこんな古い時代のバスを掲載しておくことにする。
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