2012-11-23
苫小牧から札幌そして洞爺へ NO 3108
昔、出張にはパソコンを持参しており、宿泊したホテルでこの「独り言」を発信したことが何度もあったが、最近は「ラン」を止めたので持参していない。
数日更新をしていないと、「また、入院」なんて心配くださるメールが届き、出発の数日前の号で「旅に出る」と書いていたのだが、中には「この世」から旅立つような誤解をされた方がおられたのだからびっくりだった。
出張時に発信する際にも、どこにいるかは明かさずにいたが、それは書いてしまうとその地にいる知人達から「会いたい」と電話やメールがあるからだった。
今回は、大阪に戻ってから発信しようと考えていたので一昨日から書いているが、様々な発見のあった有意義な旅となったので手を合わせている。
ホテルでバイキングの朝食を済ませると、昨日に続いて同じ車が迎えに来てくれていた。
ホテル玄関前を出発。過去に研修会で利用したニドム・クラシックの前を通って高速道路に入り、一路札幌へ向かった。
札幌を過ぎて郊外を走り、過去にオープニング式典を担当した立派な葬儀式場「ステラ・ホール」に到着した。オープンの前日に鹿児島にいたところから鹿児島空港から千歳空港へ飛ぶことになってしまったが、つい昨日のように思い出す懐かしさを感じた。
厳寒の地、オヤジギャグみたいだが「玄関」に通じる外の階段に暖房がセッティングされており、参列者が滑らない配慮までされている式場空間が素晴らしく、地元のお客様に大好評のようで嬉しくなった。
予想外に息子さん達が司会を担当しているそうで、私の長い経験から結論に至った司会の奥義について語ったが、耳より目でと考えて、大阪に戻ってからメールで送信することにした。
社長ご夫妻もお元気そうで安堵。しばらく応接室でティータイムを過ごし、ランチタイムとなって予約してくださっていたレストランに2台の車で出発した。
道中にスウェーデン・タウンのような地域がある。この地とスウェーデンが同じ緯度にあるから企画されたそうだが、異国風な別荘住宅の分譲地が広がっており、札幌の新しいベッドタウンにもなっているようだった。
レストランは、ゴルフ場に隣接するリゾート風の建物だった。病的な偏食を考えてくださったコース料理を頂戴して恐縮したが、楽しいひとときはすぐに時間が経過してしまうもの。いつの間にか予定時間をオーバーしており、お土産までいただいてお別れさせていただいた。
車を運転してくださる方に申し訳ない思い。札幌市内から定山渓を通り、中山峠を越えた頃には真っ暗になったが、ドライブインで彼が買って来てくれた「揚げジャガイモ」が中々の物で、ホテルの部屋で美味しくいただいた。
宿泊したホテルは洞爺湖畔10月9日にオープンしたばかりの「乃の風リゾート」というところ。12月25日に正式オープンするためにまだ工事が続いている が、閉館したホテルを野口観光が購入してリニューアルさせた新しいホテル。部屋数を約半分にして「準高級旅館」という発想が面白いと思った。
過日に大阪に来られた際、そんな話を室蘭市民斎場の社長に伝えたら、「グループの総支配人が知り合いだから予約をします」と電話を入れてくれたが、ドタキャンする事情があることも伝えたら「結構ですよ」と返されたので甘えていた。
ホテルの玄関に到着すると、大型バスが着いたところ。どうやら中国人の団体さんのようだが、北海道は中国や台湾からの観光客が多く、あちこちで見掛けることにもなった。
「初舞台 染まりゆく洞爺の秋」と夕食のメニューに書かれている。秋風と命名された食前酒も珍しいものだったが、次々に運ばれて来る料理も中々洗練されたものだった。
味にうるさい「御飯」だが「北斗産ふっくりんこ」という銘柄だそうだが新米らしく、これは美味しくいただいた。
少し風邪気味のような感じがする。軽い内にと考えて医院に行き栗を処方して貰った。そして銭湯のスチームバスへ入って深呼吸をして来たが、体重測定をした ら1キロ増え、「ダイエット、グラムで減ってキロで増え」という何方かの川柳を思い浮かべながら、その現実を思い知った。
夜はえにしの深い人物のお通夜に弔問。喪主様のご謝辞の中で「喜怒哀楽」という言葉があり、「父は『怒』の全くない性格でした」と仰られたが、商店街を中心にした愛好会で何度もゴルフをご一緒した際の温厚なお人柄が思い出される。