2012-12-29

新年を前に  NO 3144


 ずっと「お葬式」が続いている。もう来年にご出棺となるご不幸もあるので大変だが、今日のご親戚の方々がお帰りになるのに帰省ラッシュに巻き込まれるだろうと想像しながら、ご無事に帰られることを願って手を合わせた。

 何か携帯電話が光っていたみたいで、気になって確認してみると着信履歴があり、会社に電話をすると地域の重職にあられた方のご不幸を知った。

 私の個人名で供花を発注してくれたそうだが、明日のお通夜と明後日の葬儀に参列しなければならない。

 晦日、大晦日の日程だが、ご遺族のお立場とあちこちから参列されるご親戚の方々のことを思うと、尋常ではないお疲れがあるだろうと想像する。

 導師を務められるお寺様も大変だろう。新年の準備をされる晦日や大晦日のお寺の大変さを知っているからだが、弔問や会葬に来られる方々も大変である。

 昨日から地域の防犯委員会の人達が徹夜で町内を回ってくださっている。犯罪の多い年末の警戒という恒例の行事だが、昔ながらの拍子木の音を耳にすると安堵する。

 塾生の女性から珍しい東北のお酒が届いた。偶然だが、友人からも滅多に入手出来ないお酒を貰った。あまり飲めない私だが、御節、御餅という正月ならではの「食」には「お屠蘇」という少しのお酒が不可欠だし、身内や親戚がやって来た時には振舞えるので重宝なことだ。

  我々団塊世代には孫の存在がある。昨日に会った友人には8人も孫の存在がある。正月に付き物の「お年玉」が大変だ。自身の子供時代のことを考えると幼くて も期待を抱くもの。関東に在住する3人の孫に3枚の「ぽち袋」を準備、それぞれの名前を書いて餅と一緒に送っておいた。

 友人ファミリーが今日から旅行に出掛けた。随分と前から予約をしていたそうで、三世代揃っての旅だと言っていたので羨ましく思った。

 近くに孫達がいると度々やって来るので大変だという意見もあった。それが「小遣い」目的なので参ると嘆いていたが、嬉しそうな表情だったのが本音のようだし、私のように遠方の場合には特別な思いを抱くことになる。

 昔、知人の孫に関することで忘れられない思い出がある。ボランティア団体で九州へ旅行したのだが、その企画をしてくれたのが知人の孫で、知人は私より20歳も年上の方で、旅行会社に勤める孫さんが企画と共に随行してくれていた。

 当日、東京で講演があったところから羽田から宴席に間に合うように飛ぶことになった
のだが、ホテルに着いた時には乾杯が済んだところ。宴会場に入ると床の間を背にした上席が空けられていたので参ったが、仕方なく座って宴会に加わったら、「**君のお陰で信じられない費用で企画されたので感謝している」と隣席にいた会長の言葉。

  しかし、しばらくすると「安いのだから仕方がないか」という嘆きの呟きみたいな言葉が出て来た。それは、「焼酎飲み放題」という企画だったのだが、仲居さ んがテーブルの上に10本ほどの焼酎を並べ、「飲み放題ですからご自由に。足らなかったら持参しますから」ということで、我々客のセルフサービスとなって いたからだった。

 出席している人達は大企業の役員さんや中小企業でもオーナーばかり。格安よりも「人」のサービスがないことに対して満足しなかったということで、「量」「質」という比較の言葉を再認識した出来事であった。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
携帯で下のQRコードをスキャンするか
 または
携帯に下のURLを直接入力します。
URL http://m.hitorigoto.net