2013-01-17
何時、何処で NO 3167
大切な人を突然に喪うということは体験した人にしか理解不可能な悲嘆の世界。相手という加害者が自然という対象物では怒りをぶつけることも出来ず、時間がその瞬間からずっと止まってしまった状況にあると言われている。
大震災による犠牲になった方々は、前日に誰もそんなことが起きるとは想像すらしなかった筈で、「家族」の方々も「遺族」と呼ばれる立場になるとは考えもしなかったことである。
親戚の葬儀で多府県に行き、それで被害者となる難を偶然に逃れた人もおられたし、その逆のケースもあったと報じられていたが、震災の日から約一か月後に名 古屋から招かれた講演の際、名古屋駅から会場のホテルまで乗車したタクシーの運転手さんの話が忘れられない記憶となっている。
その運転手さんが乗せた若い女性の悲しみの体験話だったが、彼女は震災の前日に自分の結婚披露宴が行われる名古屋のホテルへ入り、当日に行くと言っていた両親が震災の被害者となったという出来事だった。
過去に書いたが、地震という自然の猛威は、ありとあらゆる世界を超越して被害を及ぼし、そこには老若男女や宗教や信仰というものも空しく、社会に想像を絶する甚大な被害という爪跡を残し、多くの悲しみを生じさせるのである。
故に自然には謙虚であるべきという考え方が生まれるが、体験したことを知識として積み上げ、分析という知恵を加えて自然災害の被害を少なくさせることは可能な筈で、先人の教えを次代に伝えることも重要な責務であろう。
昨年に地域で大規模な避難訓練が行われて参加したが、現在のような身体になった現実は受け容れるしかなく、誰より早く避難を始めるしかないと考えている。
大地震で生活する住居が崩壊せずとも短時間の内に火災に見舞われる危険性を考えるべきで、地域の避難場所として指定されている学校などの他にも想定することも大切である。
関東大震災の記録によると、発生した大火災によってあちこちで旋風現象が起き、それが火災を煽るような状況になり、予想外の被害につながったそうだが、火災が拡がれば樹木のある学校は危険があり、樹木のない場所を選定することも考えたいものだ。
友人や知人達との会話で出てきたのが最寄駅から線路上を逃げることで、火災が拡がらない内に郊外まで行き着くことが出来たら幸いとなるかもしれない。
どうか大きな地震が発生しませんようにと手を合わせることしか出来ない私だが、少なくとも最悪のシナリオを想定することだけはしておきたいものである。
銭湯へ行った。常連の皆さんから「冷えるなあ」という言葉が多かったが、温めの湯に入っていると「兄ちゃん」と呼ばれてびっくり。振り返るとよく会う高齢 の人物。私のことをそんな呼び方をされるのだから大凡の年齢が推察出来るだろうが、続く言葉が「わしの葬式しっかり頼むで」なので周囲にいた人達が笑われ た。
今日の大阪の冷え込みは厳しいものだった。中国地方や四国、九州ではかなりの雪が降りそうだが、湯の中にいると極楽である。
著名な映画監督であった「大島渚」氏がご逝去されたが、脳疾患から半身不随で車椅子生活を強いられておられたとのこと。それから比べたら私の後遺症なんてまさに奇跡だろう。「鬼籍」になる一歩手前でこの世に戻ったのだから本当に「奇跡」だと思っている。