2013-01-29

「たい」の追加  NO 3179


 日差しを背に歩いている。前方に自身の影がある。なぜ自分がこの世に存在しているのかを不思議に思ってしまい、お釈迦様が説かれた様々な逸話や「解脱」という言葉をふと思い浮かべた。

 人間は欲望が失せたら終わりと何度も書き、「行きたい」「食べたい」「見たい」「会いたい」などの「たい」は何より「生きたい」の根源だと思っているが、過日の「麻生副総理」が閣僚会議で発言された言葉に思いを加えなければならないと考えさせられた。

  麻生氏は「あくまでも個人的な考え」と断ってから発言したものだが、それでも一部から物議を醸すことになっても、失言として追及されるには至らなかったの は、発言の文脈構成を考えれば問題発言ではないことが明白だが、どうやら過去の失言問題から目立ってしまったようだった。

 話を元に戻すと、「たい」の一つとして「逝きたい」もあるということで、そんなことを考えたら自身が発病して入院した時のことを思い出した。

 もしも寝たきりの状態だったらどうだったのだろう? もしもそのまま食事が摂れずにいたらどうだったのだろう? なんてことを振り返ってしまう。

  歩くことどころかベッドの上に座ることも出来なかった時期、また嚥下障害で点滴だけだった時期など、今では考えられない辛い体験をした出来事。そして苦し かったリハビリの期間など、それは体験した者にしか理解出来ないものだが、心を挫折することなく上述の「たい」に支えられて何とか奇跡的に現在に至ったこ とに手を合わせる日々である。

 リハビリには様々なカリキュラムが組まれていた。階段の昇り降りもあったし文字を書く訓練もあった。鉛筆 を手に螺旋やギザギザをなぞる時間もあったが、左回りと右回りの両方が並んでいるのを目にして、こちらは可能、こちらは無理と伝えてから始めたら、その通 りの結果となったので先生が「どうして始める前に分かったの?」と不思議がられたのも懐かしい思い出となった。

 発病時にまさかそんなことになっているとは想像もせずに、猛烈な咽喉の渇きに水を飲んだら気管支に入ってしまい、誤嚥性肺炎を併発して2週間も高熱に苦しんだこともあったが、この「独り言」をご笑覧くださる方々の知識の一部になれば幸いである。

 夜、深い交流のある人物のお母様のお通夜に行った。享年99歳のご逝去だったが、ご祭壇に飾られたご遺影が素晴らしく、こんな写真を残しておかなければならないと考えることになった。

 メモリアルボードにセピア調のお写真があった。お若い頃に撮影されたものだが、驚くほど美しい女性だった。

 ご高齢の方が亡くなられたケースで、晩年のお写真がないところから他府県に在住するお孫さん達に確認をされ、携帯電話で撮影された写真をメールで送信いただくことも増えたが、我が葬祭業界にも「IT」に関するグローバルな世界が広まっていることを認識するところである。

  最近の新聞に掲載されている訃報記事だが、すでに葬儀を終えたというケースや「近親者のみで行う」という表記が増えている。昔、近親者のみというのは「密 葬」であり、日を改めて本葬儀を行うケースで用いられた言葉だが、最近に多くなった「家族葬」から多用されるようになった感を覚える。

  一方に、大企業の元会長というところから、改めて「お別れの会」をいうケースもあるが、果たして90歳を迎えられた方で退職されてから20年以上も経過さ れるのに「お別れの会」とは「?」を抱いてしまう。参列される方の大半が会ったこともない義理的立場という現実を想像してしまう。

 家族葬が潮流となった背景には、無駄を省くという発想も重視されたようだが、その中に「義理的会葬者」の割愛という考え方が存在し、家族を中心にして、深く交流のあった絆に結ばれる方々には参列して欲しいと思われることが少なくないことも考えたいものである。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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