2013-04-03
シナリオの分析 NO 3241
初めてポール・モーリア・グランドオーケストラの演奏する「恋はみずいろ」の曲を耳にしたのは21歳の時、車の中だったが、そんな懐かしい思い出を「幸せ 列車」のコラムの中で近い内に掲載する予定。昔からイージーリスニング系の音楽が好きだったところから、レコードは元よりコンサートに出掛けることも多 かった。
弦楽器が101名で、総勢が140人もいた101ストリングス。カラベリと彼のきらめくストリングス。リチャード・クレーダーマン。リカルドサントス。パーシーフェース。
アルフレッド・ハウゼ、マントヴァーニー、レイモン・ルフェーブル、フランク・プゥルセル、ジェームス・ラスト、ビリー・ヴォーンなど、若い頃から聞いていたレコード、テープ、CDなどが残っているが、最近は耳の調子が余りよくなく控えているので残念だ。
ポール・モーリア・グランドオーケストラが大阪のフェスティバルホールで公演した際の映像を観たことがあるが、その時に和装の女性が演奏する琴とコラボ レーションしていた旋律が印象に残っており、彼自身が作曲と編曲を担当したそうだが、如何にも京都という雰囲気を見事に物語っていた。
かつてベンチャーズが作曲したシングル盤で「京都の恋」「京都慕情」があったが、「渚ゆうこ」さんが歌っていたこの曲のイメージに彷彿させて考えてみると、やはりオーケストラと舞台照明の波及効果もあり、比較対象に無理が生じるように思った。
琴がセッティングされた舞台に、さりげなく置かれた和風の行燈の幽玄な雰囲気も中々のものだったが、シナリオを描くことはグローバルな観点から考えなければならないという見本のような気もした光景だった。
ポール・モーリア・グランドオーケストラは、来日公演を重ねるに連れ、楽器の編成を変更するのにも興味を抱いていたが、チェンバロの姿がなくなり、シンセサイザーが登場したのも印象に残っている。
曲の旋律に合わせて変化する舞台照明にも興味を抱くが、友人に音響と照明のプロがおり、彼が来社した際に見せてくれたパソコンの中は、それこそ舞台証明のプログラムで、彼は表情も変えずに「サイン、コサイン」という言葉を発し、そこに数学の知識が必要だと教えてくれた。
午後からある人物と会った。彼は、我が業界を客観的に分析する著名な人物であり、参考になることや衝撃を受ける内容も拝聴した。
家族葬の潮流の中、それを選択されたご遺族が親戚や近所の方々から問題視され、悩みから「鬱病」に陥ってしまったお気の毒な出来事も知った。
ネットの広告のことも教えてくれたが、火葬式や直葬などおかしな言葉が出現しているという指摘もあった。「直葬」は「直送」と表記するべきと言われたが、妙に納得をした言葉だった。
ホテルや旅館業界と同じで、我が業界も紹介を生業とする発想が次々に生まれ、流通業界からコンビニ産業まで行動を始めている現実があるが、彼が帰り際に言われた「私の最後だけはスーパーやコンビニに託したくない」の言葉は、人の社会の重い一言のような気がした。
家族葬専用ホールのような看板を掲げる業者も増えているが、その裏側には秘められた事実があるそうだ。建設に関する近隣対策の一環として謳ったもの。駐輪 場、駐車場の完備がないことの言い訳の成立。そして、本音として家族葬でない葬儀を受けたい思いがあり、そんなケースがあれば「当ホールは家族葬向けのも ので、様々なご不便がありますが」という物理的な問題に発生するであろうクレーム対策として。そんな分析を耳にして視点の鋭さに感心したが、この問題に関 して葬祭業界と宗教界が混乱するということは、社会そのものが混乱する現実を秘めていると結ばれていた。