2013-04-12

ミスの序章  NO 3252


 昔、京都のある店に買い物に入ったら、大きな犬が入り口付近で寝そべっており、怖々中に向けて声を掛けたら如何にも面倒そうな表情で店主らしき人物が出て来た。

「こ の犬はおとなしいから心配ないよ」と言われたが、落ち着ける環境ではなかったことは確か。そこでしか販売されていない特別なものを求めて訪れたのだが、そ んな目的の品を伝えると同時に机の上にあった電話が鳴り始め、その人物は一向に対応することもなく、ベルがけたたましく鳴り続けていた。

「わ しはなあ、電話というものが大嫌いでなあ、相手の様子も見えないのにベルを鳴らせるなんて失礼だとは思わないか? 電話より来店されたお客さんを優先す る。これが商売人の心意気というものなんじゃ」と言われたが、それにしてはこんな大きな犬を放し飼いにするべきではないだろうし、会話の妨げになるやかま しいベルを止める方が大切ではと思ってしまった。

 突然にそんなことを言われて困惑したが、なぜこんなことを書いたかというと、そんなことを思い出す体験が起きたからだった。

 自宅のパウダールームで剃刀を使おうと石鹸を左手で顔に付けている最中、ふと気が付くと胸のポケットに入れた携帯電話がブルブル。つい習慣から左手で取り出して開いたのはよいが、お蔭で石鹸だらけとなってしまったので後始末が大変だった。

「今、よろしいでしょうか?」と言われても最早遅し。用件に対応することになったが、つい冒頭の京都の体験を思い出したのである。

  電話がつながったら相手側の様子を確認するのがマナーとなっているようだが、相手が電車の中にいるような音を感じたら「今、電車の中のようですね」という 配慮の言葉も必要だろうが、それに気付いても両者が話している光景を車内で目にすると、非常識な人同士という勝手な想像をしてしまう。

  電話の用件は司会についての質問だったが、司会と車の運転に共通する問題について書いておこう。体験するとやってみたくて仕方がないとの心情に至るのだ が、慣れ始めたこんな時期にミスが発生することが恐ろしいと考えて欲しい。どちらもミスってしまったら大変なことになる。時計の針を戻したくても戻せない ことに気付いてもどうにもならない。故に謙虚になってミスが起きないように努めたいのである。

 マンネリの中で起きるミスは始末が悪いと何度も書いたことがあるが、ミスで多いのが恐ろしい「勝手な思い込み」であり、それは必然という「かたち」でミスに突入するので問題だ。

 昔、追突事故を起こした人物の発言に驚いたことがある。交差点で信号が黄色になり、前を走る車がそれで止まるとは思わなかったというものであった。

 司会者に教えたことで間違ってはいけないことは書いて読めと言うのがあったが、間違って書いてしまったらどうしようもない。そこで再確認という行動が必要になるのである。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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