2013-09-24
船での思い出 NO 3408
これまでの人生で何度か船酔いを体験したことがある。初めて体験したのは小学校の修学旅行で行った鳥羽から乗ったらすぐの真珠島に向かう船。おーいと声を 掛けたら聞こえるぐらいの短い距離だったが、擦れ違った船の波の影響で気分が悪くなり、島に着いてしばらく座っていたが、他にも同じような状態になってい た同行者が数人いた。
2回目は中学の修学旅行で天保山から四国の高松まで乗船した関西汽船。かなり波が高くて揺れたので8割ぐらいの生徒が船酔いに苦しんでいた。
3回目は高校生の頃、神戸港から沖縄へ向かった関西汽船の「浮島丸」だが、徳島沖から那覇港まで、約60時間何も食べられなかった苦しい船旅を体験した。
過去に書いたことがあるが、この船は奄美大島や徳之島などに寄港する航路だが、台風の影響で強風が吹き荒れ、立つことも不可能なほど揺れたので大変だったし、那覇から離島に向かう「みどり丸」が横転し、多くの犠牲者が出た日の入港だった。
帰路は鹿児島行きの「ひめゆり丸」を利用したが、往路とは全く異なる穏やかな海で、快適な船旅となった。
4回目は青春時代に行った熱海港から伊豆大島へ向かう東海汽船。今はジェット船になっているが、当時は大きくない一般的な船。出航してから10分ぐらいで揺れ始め、みんな気分が悪くなって真っ青な顔をしていた。
そんな姿を見られた高齢の方が、「出来るだけ船体の中心に寄り、進行方向に頭を向けて寝なさい」と教えてくださったが、今思えば理に適った知恵だと思う。
その後も何度も船を利用する機会があった。四国へ行ったオレンジフェリーや関西汽船。別府航路で何度か利用した関西汽船の客船やフェリー。新門司港から南 港までを結ぶ大洋フェリーや宮崎を結んでいたフェリーや志布志を結ぶサンフラワーなど、途中で降ろして欲しいと思った苦しい体験が何度もあるが、車を運べ ることは何より便利で、九州方面には欠かせない選択ルートだった。
過去に書いたことがあるが、山陽道を九州に向かって尾道辺りを走行し ている時、無性に睡魔に襲われて危険を感じ、ふと思い出したのが広島から別府に行く航路。確か宇品を午後10時頃に出航して暁方に到着したと記憶している が、その後に逆のコースでも利用したことがあった。
予想外に揺れたので忘れられないのが三角から島原へ渡る九州商船。1000トンぐらいの船だったが、風が強い日だったので出航と同時に揺れ始め、1時間ぐらいの乗船時間が苦痛の思い出となっている。
最近の大型フェリーの航海速度は驚くほど早く、瀬戸内海を通るフェリーや九州を結ぶ船が時速30キロ後半だが、日本海航路で北海道を結ぶフェリーは時速50キロを超えており、初めて就航した際に当時の運輸省から「急行料金」の加算を認可された出来事が話題になった。
時間があれば船の旅は「ゆったりで」なんて思って利用するのは結構だが、乗船当日の天候に大きく左右されることも考えなければならず、もう一つ忘れてなら ないのはエンジンの微妙な振動で、ある時「和洋折衷」の部屋を利用したら、和室の畳の上に座ると振動が酷くて堪らず、ベッドの上に座ると不思議と振動しな かった体験もしている。
それらはベッドのスプリングやマットレスのクッションが吸収しているからだろうが、振動が苦手と仰る方はベッドがお勧めである。
さて、「ご当地ゆるキャラ」の全国大会が開催されている。各駅停車のコラムのコーナーを設置いただいている「幸せ列車」のHPのトップページに「石切」の 「いしきりん」が紹介されているが、毎日一人で一票のネット投票が可能だそうで、応援くださる方はどうぞお願い申し上げますと手を合わせます。