2013-10-10

忘れられない葬儀から  NO 3424


 昨日に約束した人物と待ち合わせ、お好み焼きを食べた。前回に逢ってから2年以上の月日が流れていることになるが、お元気そうだったのでホッとした。

 それにしてもこの連日の暑さは異常である。お好み焼きを選択したことが大きな誤りであることに気付いたが、注文してから鉄板の電源が入って熱くなったのでどうしようもなかった。

 お母様のお葬式を担当させていただいてから9年経っている。当時では珍しい無宗教形式の前夜式と告別献花式で進めたが、その時のシナリオが古いパソコンの中に残っている。

 印象に残っているのは式場に漂っていた香り。それは喪主を務められた娘さんがご用意された返礼品で、和服がお気に入りだったお母様から発想された芳香剤だった。

 そんな秘話も式の中で披露したが、皆さんが献奏曲として歌われたのが前夜式では「四季の歌」。そして告別献花式では「川の流れのように」だった。

「お婆ちゃん、有り難う。さようなら」と感謝とお別れの言葉を捧げられた3人のお孫さん達もそれぞれお元気そうで安堵したが、詩吟の世界で著名な方でご生前に吟じられたお声を式場に流したので今でもはっきりと記憶している。

  無宗教とは宗教に捉われないこと。そんなところから「自由葬」という言葉も生まれることになるが、私は全ての宗教の素晴らしいところを採り入れてもよいと 考えており、私のオリジナル形式の葬送には、「遺族の方々に掛ける慰めの言葉」「参列者に対する死についての説教的言葉」そして仏教の葬儀で行われる引導 に代わることとして「故人に語り掛ける言葉」の3点がキーワードになっている。

 もちろん、故人の為人を語るナレーションもあるし、故人が残されたお言葉や文章の朗読もあるが、ご家族の皆様が送りたい言葉や伝えたい言葉を重視しているのは当たり前である。

  私が担当した無宗教形式のバージョンは、「もう、ご出棺の時間なの!」と思われるような会場空間の流れがあり、それこそ「儀式空間」に「神変」させなけれ ば完成しないものだと自負しているが、これだけは実際に体験された方々にしか理解されないだろうし、世の中に広めたいとも思っていないが、「感動させま す」なんて言葉を羅列している葬儀社には「君達はお笑いのレベルである」と伝えたいと考えている。

 単なる「会」で故人を送ることは失礼なこと。だから「式」にしなければと考え、「司会者」ではなく「司式者」として取り組むべきという発想に至ったのである。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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