2013-12-22

養生しながら  NO 3486


入院してベッドに横たわっていると足腰が弱るのは常識だが、これが中々回復しないのだから大変だ。銭湯へ行っても倒れないよう気を付けなければならないし、何より滑らないように足を運ばなければならない。

横断歩道を渡る際にも気を付ける必要がある。歩行スピードが落ちているので渡り切るまでに信号が変わる危険性があるからだ。

そんな退院後の養生期にふと思い出したのが随分昔に書いたことのある一文だった。それはライオンズクラブの一員として活動していた時に、毎月送られて来る「ライオン」という会報誌に掲載されていたもので、それからずっと心の隅に残しているものである。

何処かにそのメモがと探したら、幸いにして「2006年11月号」を抜粋したものを発見出来たのでここに再度書いておくことにする。

「人間には宿命と運命と寿命という『三つの命』がある。まず宿命とは自分でどうすることも出来ないものである。例えば、親を選ぶことも出来ない。自分は男として、女として
日本の国のどこそこの家の長男、または二男として生まれた・・これは変えることの出来ない宿命である」

「次 の運命は人によっては宿命と一緒に考え、他から与えられるもの。定まったもののように思っている人も多いようであるが、文字を分析してみるとそうではない ことが理解出来る。運とは軍(いくさ)をし、戦いをして車に載せて運ぶものを言うのである。具体的に言うと人と人が出会い、話し合い、心を通わせ合う。そ して、良いところを学び取り、切磋琢磨して努力を重ねて戦い取って、人生行路の上に載せて自分が運ぶものである。決して他から与えられるものではない」

「寿 命もまた同じことで、アルコール類を夜遅くまで二次会、三次会と一週間に八日も飲み歩くようなことをしていれば、折角与えられた寿命を自分から縮めてしま うことになる。一病息災と言って、自分の身体に悪い所があれば、無理をせず大事にするので長生きしている人もある。寿命は摂生すれば延ばすことが出来、逆 に不摂生すれば縮めることも出来るのである」

「現在、盛んに食育のことが言われているが、食生活が多様化、食べたいものは何でも揃うようになり、かえって栄養の偏りや生活習慣病の増加などさまざまな問題を抱えるようになった」

「人生八十年と言われている昨今、九十九歳白寿、百十一歳王寿、百二十歳天寿である」

これと同じことをこの「独り言」の「NO 1496号」で書いているが、その時は数字の語呂合わせから小の月、大の月に触れ、「西向く士」について書いているのでご興味があれば過去ログからご笑覧を。

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