2014-01-23

昔の思い出から  NO 3527


昨日の号で医療に関することに触れたが、ネット内にある情報は本当に潤沢で、薬や病気に関する世界では無尽蔵というぐらいに広がっている。

昔、我が家に「薬の本」という書物があった。医院や病院で処方される薬なら効能から副作用まで網羅され、あちこちの病院で診察を受けるのが趣味みたいな方から貰ったものだった。

その方も随分前に亡くなられてしまったが、医院や病院へ行ったり薬を服用する度にその人物のことを思い出してしまう。

その方のお父さんの葬儀を担当した時のことだった。瓜破斎場から式場へ戻る社内で「兄ちゃん、何年生まれや?私と余り変わらないと思うけど」と聞かれ、戦後生まれですと答えたら「信じられん。私と一回り以上も違うがな!」と驚かれた。

そう言われて、そんなに老けて見られていたのかとびっくりしたが、それを機に何かとお誘いを受けるようになり、寿司屋さん、割烹などあちこちでご馳走になったので感謝申し上げている。

そのお父さんの葬儀だが、我が大阪を代表する企業のトップが葬儀委員長を務められ、ご多数の参列者があったので大変だったが、葬儀が終了した後に秘書の方から丁重なお礼の言葉を頂戴して恐縮したことを憶えている。

誰もが知られるような大企業のトップが葬儀委員長を務められた葬儀を多く担当させていただいたが、当日が初対面というのは当たり前でも、式次第の打合せが秘書を通して行わなければならないケースは大変だった。

そんな人達に共通することは「恥を掻きたくないこと」で、そんなところからいつも専属の女性スタッフにエスコート担当させてフォローすることを考え、「彼女が全てご案内します」と申し上げるとご安心の表情を見せられ喜ばれていた。

昔、指導したある会社のHPに社葬に関して弔辞を創作しますと表記していたら、東京の大企業の秘書室から電話があって依頼を受けた。

それは原稿を創作してファックスで送信するシステムだったが、送信するとすぐに電話があり、交通費、宿泊費、ギャラを支払うからどのように奉読するべきか指導に来て欲しいと言われて驚愕したこともあった。

ご本人が創作された弔辞の内容に問題ないかチェックを要請されたことは何度もあるが、奉読の指導とは珍しいことで、確かに他人が書いた文章を読み上げるには微妙な問題があることを学ぶことになった。

30代から所属していたライオンズクラブで、メンバーがご逝去されたらその年度の会長が弔辞を奉呈される慣習があったが、ある時に依頼されて創作したら、それからずっと担当にされてしまった歴史もあるし、他クラブからの依頼も増えて閉口した思い出もある。

ラ イオンズクラブの大きなイベントとして地区大会などがあったが、その中では必ず物故者に対する追悼のひとときがあり、それらしき言葉を創作してプロのアナ ウンサーを招いてナレーターをしていたが、ある大会の実行委員の人物から原稿創作を依頼され、序にナレーターも頼まれたので担当したら、「あの原稿が欲し い」「ナレーターを頼む」とあちこちのクラブから要望があって参ったことも忘れられない出来事である。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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