2014-02-01
思い出したこと NO 3536
東 京都知事選で大きな話題を呼んでいることがあった。永遠の人気女優と称されている「吉永小百合さん」が細川候補の応援をすることがHPに掲載されたからで ある。それだけで男性票が増えるのではと思ってしまうが、今日の号では、そんな「吉永小百合さん」に関して忘れられない思い出となっている出来事を紹介申 し上げる。
50年前のこと、沖縄がまだアメリカの統治下にある時代、機会を与えられて沖縄に行くことになった。パスポートの申請やユース ホテルの会員登録を済ませ、銀行でドルの交換をして貰ったが、当時のレートは「1ドル360円」の時代、何かがあったら大変だと親から予想外のお金を渡さ れたが、限度額があったのでそうは行かなかった。
利用したのは関西汽船の神戸中突堤から出航する「浮島丸」で、太平洋を航行するのに不安を感じる2600トンの小さな貨客船だった。
同 行していたのは4名だが、出国手続きをして乗船し、出航してから船内をウロウロ探検していたら同行していた人物が血相を変えて知らせに来た。「吉永小百合 が乗っている」と言ったので冗談だと思ったが、彼の表情が普通でない雰囲気もあったので、彼に案内されて3人で確かめに行った。
ロビーに行くとその女性が階段を上がって行く後ろ姿が見えた。そして踊り場で向きを変えた瞬間に顔が見え、私ともう一人が同時に「吉永小百合だ!」と驚くことになった。
それは、すぐにそれほど似ている人物だったと判明するのだが、その噂は船内の乗客の中にも広がるほどそっくりだったし、一緒に撮影して貰った写真を見た友人達全員が「吉永小百合が乗っていたのか!?」と驚かれたぐらい似ていたのである。
その日の天候は風が強く、数日間低気圧の影響から沖縄までかなり揺れるという情報が流れていたが、大阪湾の和歌山市沖にある「友ヶ島」付近から酷い揺れ。高知の沖に行くと猛烈に揺れ「4人で「降ろしてくれ!」と叫ぶ元気もなく、全員が船酔いで横たわることになっていた。
航路は奄美大島の名瀬港に寄港、その後に「徳之島」や「与論島」を経て那覇の「泊港」に行くものだが、低気圧の影響は半端じゃなく、立つことも出来ないぐらいの揺れに悩まされ、神戸を出港してから到着まで遅れてしまった66時間、何も食べられなかったほど辛いものだった。
その低気圧の影響によって、前にも書いたことがある「みどり丸」が横転して多数の犠牲者が出る事故が発生。ニュースから心配されたご家族の方々が港の岸壁に来られて大変な状況の中、我々の乗った「浮島丸」が着岸して行ったので忘れられない。
そ の乗船体験は、我々4人はこんな強風で波の高い中でどうして航行するのだと信じられないぐらいだったが、到着した時に「みどり丸」事故のことを知り、後日 にその船が那覇から久米島へ向かった300トンぐらいの小さな船で、200人以上の方々が乗船、その内の112人の方が犠牲となった事実を知った。
ネット社会になってから知ったことだが、「みどり丸」は大きな三角波によって転覆したそうだが、遭難したことが判明したのは事故発生から5時間後で、漂流していた船員の一人が通り掛かった船に救出されたことからという悲しい現実があった。
そうそう、船内で会った「そっくりさん」だが、宮古島の人で奈良県の高田市にあった紡績工場に勤務されていたことから同行者が文通を始め、やがて高田で再会したことも懐かしい出来事である。
人 生とは不思議な「えにし」というシナリオを体験させられるもの。8年ほど前のことだが、関東のあるホテルでマッサージを受けたら、その担当の方が沖縄出身 の人で、従兄の方が「みどり丸」で犠牲になられていたそうで、岸壁にいた時に入港して来た「浮島丸」を憶えておられると聞いて驚くことになった。