2014-04-19
二重の悲しみ NO 3612
紹介ビジネスと契約している葬儀社も多いが、中にはややこしい同業者も混在しているのだから気を付けたい。悲しみの葬儀で二重の悲しみにならないように願っているが、ややこしい宗教者も登場している問題も浮上しているようだ。
あるお寺の住職が嘆いておられた事実だが、境内にお墓があり、生前に戒名を授けていた方が亡くなられたそうで、「満中陰法要と納骨を」と檀家さんから依頼され、そこでご逝去の事実を知られたことから驚かれた。
菩 提寺であり旦那寺でもある立場で導師をすることがなかったから不思議なこと。ひょっとして外国を旅行中にでも亡くなられたのではと確認するとそうではな く、葬儀を担当した葬儀社から紹介されたお寺さんから「満中陰と納骨は菩提寺の方で」と言われたそうで、お墓の存在や受戒をしていたことを葬儀社とお寺の 両者に説明したにも拘らず、「お通夜と葬儀のお寺さんは当方で」と進められたと言うのである。
確認してみると、その葬儀社を選ばれたのはネットの広告から。大手物流グループが展開している紹介ビジネスで、ご遺族も後悔されていたそうである。
葬儀は業者選びが全ていうのが常識だが、非日常的な出来事だし隙間産業に登場して暗躍するややこしいビジネスが増えている社会の流れがあるので気を付けたい。
「大切な方の大切な葬儀に大切な宗教者を迎える環境づくり」というのが葬儀で重視されることだが、前述の葬儀社もお寺さんもプロではないと指摘したいし、そんな業者を選択されてしまったことにも責任の一端があると言えるかもしれない。
こ んなことを書いたら「その考え方は間違っている」と糾弾されるかもしれないが、「騙す連中は悪いが、騙される方も・・・」というものではなく、葬儀という ものが一回しか出来ないからこそ大切に考えたいからで、スーパーやコンビニが展開するような発想に託するものではないと伝えたいのである。
ご家族のご不幸を機会に「お寺を変えたい」というご要望が増えていることは否定しないが、その対応が簡単ではないことは確かで複雑な問題が秘められている。
ある新聞の朝刊に「檀家であるけど信者じゃない」という見出しに衝撃を受けたことがあるが、宗教観の稀薄は確かなようで、お墓の形態も急変して来ている現実もある。
あちこちで「介護」という文字を掲げた看板を目にすることが急増しているし、整骨院がびっくりするほど増えている。それらは高齢社会の到来に対応して登場した事象でもあるが、国民の四分の一が65才以上という現実は様々な社会変化を生じさせる。
葬儀の個性化と多様化が叫ばれたのは20年ぐらい前のことだが、想像以上に急変しつつあるこの頃である。
今 日の結びに「幸せ列車」の管理人さんのコラムのことを。「幸せの待合室」のブログの今日の内容は日本の皇室から韓国の王朝へ嫁がれた「李方子様」のことが 書かれていた。晩年にご一緒に会食をされた管理人さんが「お酌をしてくださったので緊張した」と語っておられたことを思い出したが、私も別の日にご一緒し たご縁があるので懐かしいし、我が家の居間には直筆くださった「書」が存在しているので見つめながら当時を思い出した。上部<HOME>からどうぞ。