2014-04-24

北に向かって手を合わす  NO 3616


北海道の仲間から電話があり、友人のお母さんがご逝去されたことを知った。ご高齢で心配していたが、一昨年の秋にご一緒に食事をしたことがあり、その時に詠まれた歌集を拝見して感嘆したことが忘れられない。

昨秋に行った時にお会いすることは出来なかったが、こんなに早くご訃報が届くとは想像もしなかったこと。すぐにでも飛んで行きたいが、ずっと前から決まっていた予定があるので叶わず、お別れの言葉をしたためてメールで送信することにした。

昨日の号で書いたが、運転免許証を返したのでハンドルを手にすることはないが、舞鶴と敦賀から出ている北海道行きの日本海フェリーか、名古屋と仙台を結んで北海道に行く太平洋フェリーを利用して車で道内を走行する夢が叶わなくなってしまったことが寂しいところである。

大病を患ってからずっと運転することはなかったが、ずっとゴールド免許証だったので勿体ないことでも、被害者を出す加害者になりたくない思いが強くあった。

警察署の窓口で返却を告げると、担当者が1000円の費用と写真があれば免許証みたいなものを発行してくれると教えてくれたが、身分証明ならパスポートがあるので不要と言って帰って来た。

運転しなくなって5年以上が経過したが、過去を振り返れば講演などで全国各地を走り回ったことが思い出される。

最 も長距離体験となったのは、山陽道から瀬戸大橋を渡り松山道から道後のホテルへ。そこで講演を終えてから次の朝に大雨の中を八幡浜へ向かい、フェリーで別 府へ渡り、大分道から九州自動車道を経て熊本へ入り、同業者関係のスタッフを指導。それが終わって暗くなってから中国自動車道を走行して大阪へ戻ったとい うものだった。

一泊2日で1500キロも走行したのだから大変だったが、帰阪したのは深夜の2時を回っていたことを憶えている。

ま た関越道から軽井沢を通って長野の更埴ジャンクションから中央道を名古屋へと考えていたら、事故の影響で中央道が通行止めになり、仕方なく長野から上信越 道を経て北陸道を走り、途中から東海北陸道を利用して名神高速道路へと迂回を余儀なくされたことも忘れられない出来事である。

九州と大阪を結ぶフェリーを何度も利用した体験があるが、韓国で発生した転覆事故の事実を知ると幸運に恵まれていたことを実感する。いずれにしても今日あることに感謝をして手を合わせるべきだろう。

久世栄三郎の独り言(携帯版)
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