2014-05-17
命の伝達の存在 NO 3639
午後から昨夜のお通夜に参列した方のお葬式に参列。喪主を務められた奥さんやご家族のことを見守って上げてと手を合わせた。
お孫さん達の姿があったが、病室でお孫さん達に看取られたというナレーションの言葉を聞いて少しだけ救いを感じた。
私より一年若い方だったが、こんなに早くご逝去されるとは想像もしていなかったし、参列者の中に知人が多く、同様の思いを語られていた。
夜は半世紀に亘るご仏縁のあった方のお通夜に参列。喪主を務められる奥様がご主人の壮絶な闘病生活を語ってくださった。
娘さん達も立派にご成長され、可愛い孫さん達も参列されていたが、そんな姿を目にすると葬儀が「命の伝達式」であることを再認識することになる。
導師を務められたのはある宗派の管長にあられる猊下と称されるお方。ご当家とはご親戚なのでご法話も優しくそれらについても触れられていた。
拝聴しながら先代さんの葬儀の時のことを思い浮かべていた。確かこのお寺様が導師を務められていた筈。随分と昔の記憶のページを繙いて間違いないと確信した。
お通夜に行く前、昨日に退院して来た友人の家に立ち寄って来たが、手術を受けた傷跡を見せて貰って予想以上に大きな手術だったようでびっくりした。
「これで男の勲章が増えた」なんて語っていたが、過日に見舞いに行った時より元気そうだったので安堵。その病院が前述のお通夜の方が最後を迎えられたところだった。
と いうことは、見舞いに行った際に別室に入院されていたことになる。自分自身も何回も入院した体験があるが、友人や知人が見舞いに来てくれることを歓迎出来 ないケースもあるだろう。闘病生活でやつれた姿を見せたくないという考え方もあって当然だし、昔、教育関係者向けの講演で質疑応答の中で会場が真剣なひと ときとなって印象に残っていることがある。
それは、受講されていた50代ぐらいの女性の方が、「私は自分の死に顔を誰にも見て欲しくありません。生前の面影のままの印象の方が」ということから様々な意見が交わされ、ご出棺前に柩の蓋を開いてお別れをするにも複雑な問題が絡むことを改めて認識した。
ご遺族に「皆様とのお別れは?」と確認しても、そんな深くまで考えられないこともあり、日頃から家族に伝えておくことも重要かもしれないが、葬儀とは簡単ではなく、それだけ人間とは凄い存在であると考えたいものだ。
今日の結びは昨日に紹介した子供を襲った犬に体当たりして救った猫のこと。「幸せ列車」の管理人さんのブログ「幸せの待合室」でその映像が公開されていた。ご興味があれば上部の<HOME>からどうぞ。