自慢にならない話だが、この10年で4回も入院したことがあり、その度に不思議と生還して来たので間違いなく「生かされている」と考えている。
1回目は出張中の熊本のホテルで鼻出血が止まらなくなり、救急車で地元の病院に搬入されたし、2回目は原因不明の微熱が続き、毎日点滴を受けていたが一向 に回復せず、徐々に食事の際に咽喉に激痛が走るようになり、水も飲めない状態に陥ったので、黒い服のまま耳鼻科に飛び込んだら「すぐに入院です」と大病院 を紹介された。
その病院、午前10時過ぎに受付で書類を出して待合室に座っていたが、名前が呼ばれたのは午後5時を回ってからのこと。 朝から何も食べておらず、微熱から意識が朦朧とした状態から診察後にそのまま入院。点滴と採血を受けていたが、3日間、部屋に来られる医師から「原因不 明」と言われ、その表情から深刻な病気なんだと思い込んでいた。
4日目の昼、医師が明るい表情で来室。「原因が判明しました。栄養失調 でした。鉄分不足と分析が出たのです」と言われて笑ってしまった。振り返ってみると、ずっと忙しい状況から日に2食という生活が続いていたことが原因のよ うで、その日から点滴に亜鉛系の薬を加えたら劇的に回復、その3日後に退院となったのだから信じられなかった。
3回目の入院はその1年前に判明していた腹部疾患の手術で、約1ヶ月の入院を余儀なくされた。
4回目の入院が現在の症状に至った入院だったが、寝たきりにならずにこんな「独り言」を打ち込んでいるのだから幸運だと思っている。
3回目の入院から退院した日、銭湯に行ったら「どうしたの?痩せたみたいね」と、優しいご心配の声を掛けてくださったのが大女将さんだったが、今日、その方の葬儀に参列したので寂しかった。
随分前にご伴侶の葬儀を担当した思い出があるが、この銭湯は「重要文化財」として登録されている有名な存在で、全国の銭湯ファンが一度は入浴をと話題を呼んでいるところである。
メモリアルボードにご夫妻のツーショットがあったし、20年前の玄関の写真もあったので懐かしかったが、私が小学生時代から通っていたので特別な想いがあった。
夜、あるお寺の先代坊守さんのお通夜に行った。今晩の冷え込みは半端じゃなく、境内に入れなかった方々には厳しい寒さが堪えられたと拝察申し上げる。
この「独り言」には多くの葬儀社や司会者の方の訪問があるので書いておくが、こんな場合の司会コメントで重要なことは「ご遺族からのご配慮のお言葉です。 本日は冷え込みが厳しゅうございますので、お手持ちのコートはお召しくださいませ」とか「コートはお召しのままご焼香を」という発想も大切で、前もってご 遺族に了解をいただいておくのがプロの仕事である。
また、室内や境内に張られたテント内に多くのストーブが用意されているが、躓かれたり突然の大地震の襲来などのことも想定し、誰にも目立つ場所に消火器をセッティングすることも忘れたくないものだ。
そんな配備を知られた参列者から「さすがに高級葬儀だ」とのお声を頂戴したこともあるが、それは心配症の私の発想から随分と昔から始まったことである。
同業他社のエリアにあるお寺さんだが、テント内に座っていると後方の会話が耳に入って来る。「いつもの葬儀社とテントの張り方が違うね。大きいし寒くない ように準備されている」「高級葬儀だよ」「やっぱりお寺さんは高級葬儀を選ぶのね」なんて会話に<実は、私は>と伝えたかったが、参列者の声をこんなかた ちで耳にしたことは貴重な体験であった。
スタッフが膝掛けを持って回っている。それを所望される方も多いので、それだけ冷え込んでいた ということになるが、前述の「コート」に関するアナウンスには、それと同時にスタッフが「コートはお召しくださいませ」と声を掛けて何方かに行動をしてい ただくことが重要で、お一人でもお召しになられたら、すぐに全員に広まることも知っておきたい。
先代ご住職の葬儀は私が担当させていただいた、先々代さんは特別に優しい方で、私が小学生時代から道で会うと、いつも「これで何か買いなさい」とお小遣いを頂戴したことを憶えている。
ご本堂に飾られたご遺影を拝見した。ご生前の上品なお人柄そのままのお写真で、総代さんと「森光子さんに似ていますね」との会話もあった。
寺院関係の受付を担当されている方々にも懐かしいお顔がおられた。宗派の異なる方々も全員本堂内にご案内申し上げたが、ご高齢の方には足や腰を悪くされている方も少なくないので、椅子の準備も大切なことである。