2014-07-03

思うところ  NO 3883


飛 行機事故に遭遇するとはまさに運命共同体という言葉が浮かぶ。機長をはじめとする乗務員、そして搭乗客全員。互いが異なる場所でこの世に生を享け、異なる 人生生活を過ごし、やがてその日を迎える。過去に航空機事故の被害者の悲しい葬儀を担当したこともあるし、海外や国内旅行の最中に事故に遭遇された方々の 葬儀を担当させていただいたご仏縁もあり、そんな言葉を強く印書深く心の中に刻み込んでいる。

事故機の原因が整備不良だったとすれば、そ の整備を担当した人物のことも関係して来ることになる。異なる日にこの世に生まれ、異なる人生生活を過ごして原因となることを仕出かしてしまう。その人物 がこの世に生まれていなかったら事故の発生はなかったことになるし、人の世の人生とは全てが必然の中で過ごしているように思える。

搭乗者それぞれのそこに至るまでの経緯を振り返っても、それぞれのドラマが存在していることが分かる。夫婦であれば2人が出会った経緯。出張中の人ならその会社に入社するまでの経緯や、出張することになった原因などを考えたらここにも必然という言葉が見え隠れする。

ツ アーの団体旅行の人達は、どこでそのツアーを知ることになったのかや、一方でそのツアーを企画した人物がこのように誕生していなかったら被害者になる人達 を出すことはなかったことになるし、そこには経糸や横糸が絡まって複雑な模様を描いていることが垣間見える。人の世はそんな中で過ごす訳で全てが「必然」 であり「偶然」ということはないと結論付けて説く宗教者もいる。

大切な家族を突然の交通事故で亡くされた遺族の憤りと悲しみを癒す薬はなく、知られた瞬間から時計の針が止まってしまい、時間を戻すことが出来ないことを悟って受け入れることが容易でない苦しみの日々を過ごされる。

加害者がこの世に生まれていなかったら事故の発生はなかっただろうし、事故現場から遡れば加害者と被害者両方に1秒の何かの差異があるだけで遭遇しなかったことになるのだから不思議で済まされない何かがあるように思えてならないのである。

お かしな人間がおかしな薬物を吸引しておかしな状態で車を運転し、歩道を歩いている人達を被害者にする。またおかしな人物が酒を飲んで車を運転して被害者を 作って加害者となる。酒を飲んで車で出発するより前、そもそも酒を飲もうとすることになった経緯を考えたらここにも必然があることが判明する。

被害者と加害者の両者の出逢いこそが偶然ではなく必然と説く宗教者の由縁となる背景である。

支離滅裂で判読し難いかもしれないが、今日、私は飛行機に2回搭乗することになる。この「独り言」が更新されていたら必然ではなかったことになるが、少なくとも70才だけは迎えたいと思っている。
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