2014-08-03
夏に想う NO 3914"
今日の毎日新聞の朝刊に「脳トレ川柳」のコーナーがあり目に留まった。
「ドキドキは恋ではなくて不整脈」という秀逸なものだったが、指南役という立場の方が「不整脈はドッキンドッキン」なんて解説されていて思わずほのぼのとした思いになった。
こんな川柳を読む人がおられる。様々な分野で募集して恒例になっているものもあり、サラリーマン川柳なんてその典型と言えるだろう。
考 えたいことはそれらを新聞やネットに掲載して読者や訪問者を楽しませることが出来る社会の現実。一方に事故や事件が起きている裏面もあるが、何処かの国の ように内乱や戦争状態になっていないことだけでも感謝しなければならないし、幼い子供達が犠牲になっている報道を目にする度に国家の指導者に愚かな危険人 物だけは選択しないようにと考えさせられる。
今月は、広島、長崎の日に続いて終戦を迎えた8月15日の式典も行われるが、「二度と繰り返 しません」と誓っていながら世界中で紛争が起きている現実はどうなるのだろうか。冒頭の川柳の中に「また国民の女性がモンペ姿になるのでは」というような 危機感を訴えられる内容も投稿されていたが、言葉と言うコミュニケーションが与えられている人間が永遠と戦争を続けている歴史を鑑みると、そこに「本質」 や「性」という言葉が垣間見えることになる。
お釈迦様が説かれた仏教の素晴らしさは「奪い合いから与え合い」ということにあり、東日本大震災で整然と秩序正しく行動した被災者の姿が世界中から賛辞されたのもその顕著な一つかもしれない。
昔、ある宗教者の講義を受けていたら「遠いご先祖は神様。近いご先祖は仏様」という発言があり、質疑応答になってからその問題について40分ぐらい討議し合ったことがあった。
その時に結論としてまとめられたのは、我が国は神道と仏教が共存する珍しい国民性があり、多くの家に神棚と仏壇がある事実から平和を愛し感謝をする姿勢が強いところから世界に誇れる国民であるとなった。
神道即ち皇室と言われる方々もおられるが、神社仏閣があちこちに点在するのは事実だし、山、海、川、湖、樹木、岩石など自然を信仰の対象として来た我が国民は、地球の自然環境に対して最も謙虚な国民であるとも言える気がする。
四天王寺は、西門に大きな鳥居があることで知られているが、今日の写真は西門から入ったところで前方に見える「西大門」で「極楽門」という別名もある。