2014-08-15
あれから69年 NO 3927
今日は終戦の日だが、数日前にNHKの朝ドラを観ていたら、主人公夫妻の幼い子供が病気で亡くなり、その葬送に関する光景が目に留まった。
参列する男性は紋付姿で、女性の大半は現在のような黒い喪服ではなく白い和装だったからだ。時代考証する専門家の設定で進められたものだと想像するが、知らない人達には奇異な感じを抱かれたかもしれない。
昔は「白い着物」が喪服の当たり前だった歴史があり、黒になったのはまだ歴史が浅いのである。
今から30数年前、ある葬儀で喪主を務められた奥様が真っ白な和服を召されていて、接待担当の女性スタッフ達が驚いた出来事があったが、そんな説明をすると納得するに至ったことが懐かしい。
ある会社の会長さんの「お別れの会」を担当させていただいた時、故人をお偲び申し上げるひとときで編集するお写真を30枚ほど拝借した際、印象に残った1枚があった。
それは、ご結婚された時に写真館で撮影された記念写真だったが、時期が戦時色一色だったことから新婦の花嫁衣装が黒の喪服だったからだった。
その日からしばらくされてから軍務に奉職されるご主人だったが、戦争の背景には様々なドラマが秘められているものである。
8月14日は大阪大空襲の日で、現在の大阪環状線「京橋駅」近くで多くの犠牲者があり、毎年慰霊式が行われているが、そこに参列される誰もが平和な世の中を願っておられる筈だ。
数日前、特集番組で戦時中の出来事を紹介していた。それは「カウラ事件」として知られる史上最大と言われる脱走事件で、オーストラリアのシドニーから内陸部に250キロほど入った所にあった日本人捕虜収容施設で起きたものだった。
東南アジアで捕虜となった多くの人本兵が収容されていたそうだが、1944年8月5日に集団脱走事件が起き、その中の約2百数十名が亡くなったという悲劇だった。
90才を超えられた日本人が慰霊式に出席され、「当時は帰国出来るとは思わなかった」と感慨深げに語っておられたが、墓地で戦友の名前を目にされた時の感極まられたお姿は、それこそ戦争の「哀れ」を物語っているように思えた。
オーストラリアでも、この出来事を風化するべきではないとの動きがあり、学校教育の中で歴史として教えられることも行われているようだが、戦争と宗教は人を変えるという言葉だけは忘れないようにしたい。
写真は戦争記念館に展示されている爆撃機のタイヤである。