2014-09-10
昔のこと NO 3953
今日「水曜日」はメルマガ「まぐまぐブログ」の送信日。テーマは皇室や伊勢神宮について触れた。
今、昭和天皇に関する情報が注目されている。表面化する筈のない部分も出て来ているので宮内庁から流れたのではと物議に発展しているが、歴史を振り返ると日本人なら神経質になるべきと伝えたい。
戦後に行幸された時、小豆色のロールスロイスらしき御料車に日の丸の旗を振ったことがある。それは小学校1年生の時代で、旗もみんなで作った手製のものだった。
その時の同級生の一人が数年前に伊勢神宮の警衛のトップに就任していたのを知ってびっくりしたが、人生とは「人に歴史あり」という言葉があるように、それぞれに忘れられない思い出の出来事があるものだ。
過 去に書いたことがあるが、アメリカに統治されていてパスポートが必要だった沖縄に行ったのは青春時代だったが、神戸港から出港した関西汽船の「浮島丸」で 奄美大島や南西諸島に帰港して那覇港へ向かっていたが、高知沖から強風による荒れ模様で、那覇の泊港へ入港した時に大変な転覆事故が起きていたことを知っ た。
沖縄から離島に向かう「みどり丸」という船が横波を受けて転覆。突然だったのでSOSも発信出来ず、事故の事実が判明したのは数時間後で、漂流していた船員が通り掛かった船舶に救助されたからだった。
我々が乗船していた「浮島丸」が入港して行った時には、岸壁に数千人という人達がおられ、犠牲者の安否を心配しているところだった。
結 果として歴史に残る大惨事になってしまったのだが、岸壁で「浮島丸」の入港を目にしていた人と数年前にあるホテルで不思議なご仏縁に結ばれることになっ た。関東圏にあるホテルで宿泊をしてマッサージをお願いしたら、その人物が「みどり丸」事故で従兄の方が犠牲になられ「浮島丸」が入港した光景を憶えてお られたのである。
そんな会話で50年も前の不思議な「えにし」に運命の出逢いを感じたが、世の中には不思議なことがあるものだ。
当時の「浮島丸」は2600トンぐらいの貨客船だったが、関西汽船から小笠原汽船に譲渡され、東京と小笠原諸島を結んでいたことを数年前に知った。
そんなところから、今日の写真は「浮島丸」だが、この船は「1959年」の年末に佐野安船渠で造船されていたが、小学生時代にこの造船所に社会見学に行った思い出もある。
そうそう、結びに「シーンの会長のコラム」も更新しておいた。テーマは「不思議な体験」で、現在通っているタオ療法について触れておいた。ご興味があればトップページからシーンのリンクボタンでどうぞ。