2014-10-16

病んだ社会で  NO 3983


ネットのニュースの中で、末文を読むまでに涙が出て来て読み辛くなった事故が報じられていた。

女子高高校生がダンプカーとの交通事故によって被害者となった出来事だったが、事件が発生したのは一昨日の14日、福島県南相馬市でのことだった。

彼女は本来なら今日は楽しみにいていた修学旅行へ行って筈、それが果たせなくなってしまう事故に遭遇した訳だが、彼女は小学校5年生時代にお母さんを交通事故で亡くしたという交通遺児だった。

そ んな悲しい境遇の中で自分の将来の夢を綴った作文が入賞した輝かしい出来事もあったが、運命とはこんな悲しいドラマの筋書を書くのかと衝撃を受け、修学旅 行へ出発前に悲報を伝える校長の言葉に多くの生徒達が涙した情景を想像しながら、ただ手を合わせて御浄土でのお母さんとの再会を願っている。

人 の死とは悲しいものだが、本人も家族や周囲の人達が予想もしなかった急逝は、病気なら未だしも。事故や事件の被害者となると一層強くなるものであり、悲嘆 の心境に陥る状態は想像を絶するものだと分析され、抜け殻状態になったことから脱出するにはシナリオの描けない時間の経過と環境を要すると言われている。

この世を去ってしまうことになった人のことを思い出して上げることは良いことだし、共通する仲間と思い出を語り合うことは最高の供養になることを知って欲しい。

こ れまでに何度か書いたことだが、ある高僧や永六輔さんも説かれている言葉に、「人の死は2回ある。1回目の死は命が終り、お通夜や葬儀が執り行われる死 で、2回目の死は、その人を知る最後の一人がこの世を旅立つ瞬間」ということで、それまで知る人達の心の中に生き続けていることになる。

そんな話をしたら、友人から「歴史上の著名な人物は何時まで経っても死ねないことになるな」と返されたが、それは敢えて「もう一つの死」が存在し、歴史でも本当に語られなくなった時と考えたい。

女子大生の後を付けて殺害に及んだ大学生のニュースもあった。10カ所も刺されたそうだが、犯行に及んだ人物は「誰でもよかった」と言ったそうで社会の病んだ部分が酷くなって来ているようだ。

御嶽山の捜索も打ち切られることになった残念なニュースもあったが、エボラ出血熱の猛威が広まっているようで震撼してしまう。イスラム国や香港の大規模なデモも話題になっているが、世界中で病んでいるのは確かである。

今日の写真は、深いご仏縁に結ばれている「広島ピピ」の日記から拝借した「紫式部」の花を。
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