2014-11-29

加害者になるな  NO 4027

長崎県で小学生を送迎するバスの運転者が待機している時間に飲食店で飲酒していたことが問題になり、一方でNHKの研究員が飲酒運転で事故を起こした報道もあった。

まだそんな行動をする人がいるなんて理解出来ないが、反省で済まない行動をする人は頭の中のメカニズムが何かおかしいと指摘され、それが心を悪い方へコントロールしてしまうという分析もあり、被害者になる人達の立場を考えると堪らない問題である。

社会にはこの問題がずっと続いているし、危険ドラッグも秘密裡に流通している報道もあり、世の中には危険がいっぱいで、自分が被害者になる可能性があると考えれば加害者になってはいけないという考え方に気付く筈である。

前号で届いた葉書のことに触れたが、今日の朝日新聞の一面のコーナーにあった記事内容が目に留まった。

葉書や手紙の宛名の書き方を知らない小学生が多いようで、郵便番号の枠に電話番号を記入すると勘違いしているケースも少なくなく、スマホやタブレットで授業を受ける時代の裏側で、何か大切なことが抜け落ちているように思えて寂しくなった。

新幹線の車内のパソコンの電源も常識になったし、携帯電話の充電のための電源案内もされているのだから進化が著しいが、車内の電光ニュースを観ていたらトンネル内の通話がより一層つながり易くなったという情報が流れていた。

さて、入院すると人生観が大きく変化するという人が多い。病室の白い天井を見ながら去来することこそ自身を見つめ直す環境となる訳だが、これまでに10回も入院体験のある私に「患者の評論家になれ」と言った人もいた。

終活に関するセミナーやイベントが流行しているが、自分の遺影用の写真を撮影することは大切なことでも、「柩の中に入る体験」というのは品に欠ける企画なのでやるべきでないと指摘したい。

世の中は「何でもあり」の風潮があるが、「行き過ぎ」「やり過ぎ」は避けるべきで、過日に書いた映画「想いのこし」もちょっと無理なシナリオなので残念に思った。

昔、 伊丹十三監督作品で話題を呼んだ映画「お葬式」について映画評論家や芸能人の方と月刊誌の企画で対談をしたことがあった。その内容については何度か触れた ので省略するが、あの映画は監督の奥様のお父様が亡くなられた葬儀で大変ご苦労された体験から発想されたシナリオで、監督一流の皮肉な側面もシナリオの中 に秘められていた。

印象に残っているのが葬儀社を演じられた「江戸屋猫八さん」の台詞で、多くの親戚や近所の方々が来られていて履物が散乱している状態が普通なので、敢えてちょっと目立つ色違いの履物にしているという下りだった。

長くこの仕事に従事して来た歴史があるが、自分の履物が行方不明になったことは何度も体験したことは事実である。

「葬儀は人を集め、人を走らせる」という言葉があるが、非日常的な環境で予想外の混乱を来すのも理解しておかなければならない。

今日の写真は「窯」が多いことで知られる「伊万里」の風景。「何でも鑑定団」の番組を思い出すが、ネットの中には「贋作」が紹介されているHPがあったのでびっくりした。
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