2014-12-14
投票日に NO 4042
夕方、投票に行って帰宅したら会社から電話があり、懇意にしていた同業者の社長の訃報を知った。
投票会場に行って感じたことはびっくりするほど閑散としており、夕方のニュース放送で投票率が衝撃的に低いと報じていた。
解散の大義に対する国民の疑問や抵抗感が顕著と想像するが、年金受給年齢を70歳に引き上げるような討議があるようで将来に懸念を感じてしまう。
かつて、大阪市内の老舗の同業5社が「5人会」と称する交流を始め、月に一回の会食や春秋の1泊旅行などを共にして来た歴史があるが、これで私以外は全員がこの世を出立されてしまったことになるので寂しい思いだ。
今夜がお通夜だが、ちょっと体調不良なので明日の葬儀に参列しようと思っている。
私が最後に残ったのは最も若かったからで、30歳の頃にメンバーが結成されたのだが、他の4人は一回り以上年上だった。
この訃報の人物は関西演芸協会の顧問の歴任もあり、多くの芸人さん達との交流もあり、私も一緒に誘われたことも多かったし、何度かテレビ番組のゲストとして出演したこともあるので懐かしい。
あ る生放送の番組だった。暑い夏のお盆の時期で、彼が怪談話を落語調に担当され、私はテレビ局が有名なお寺から拝借して来た十王経の掛け軸を準備され、それ を私が解説するという企画だったが、お盆なので着物姿でと命じられ、急いで夏用の着物を準備したことも忘れられないが、彼は印籠まで準備していたことが印 象に残っている。
彼が主催して舞鶴にチヌ釣りに出掛ける企画があった。貸切マイクロバスの出発は午後11時。集合場所は瓜破斎場だったので驚かれるだろうが、参加する人達の車が駐車可能なことから決められたものだった。
私は釣行する服装でタクシーを利用して瓜破斎場に向かったが、斎場の入り口で運転手さんが「何処へ行かれるのですか?」と恐怖に慄かれる姿が滑稽だった。
「この奥にバスが停まっている筈です。今から舞鶴に釣りに出掛けるのです」と説明しても、「こんなところから出発ですか?」と信じられない様子だったが、しばらく走るとバスの存在が見えたので安心された。
その釣行には落語家の「桂春団治さん」や河内音頭の「鉄砲博三郎さん」もご参加。同じ筏でチヌに挑戦したが、ボラばかり釣れ本命のチヌの姿を見ることが出来なかった。
彼は面白い著書も発刊されていたし、作詞作曲をされた「帷子小唄」というタイトルのレコードも出されていたが、歌詞の一部が物議の対象になり、しばらくするとラジオで流れていたものが流れなくなったが、メロディーがリズミカルで気に入っていたので残念な思いを抱いた。
彼 の行動で忘れられないことがあった。九州の飛行場から目的地へタクシーで移動中のことだった。突然「運転手さん、ストップ! バックして」なんて言い出し たのだが、それは途中にあった無人の野菜販売所で、店頭にあったトマトに興味を抱かれ購入され、車内で運転手さんも一緒に食べられ、「これが本当のトマト の味だ」と満足な表情をされた出来事だった。
今頃は先立たれた人達と再会をされて懐かしく昔話に花を咲かせていると想像しながら、どうぞ安らかにと手を合わせる。
今日の写真は明日の葬儀に行く最寄り駅である阪和線の「長居」を。