2014-12-24
休診の前に NO 4052
さて「へぼ碁ダメなし」という言葉があるが、そんなレベルの碁を打っていた歴史のある私は囲碁のルールだけ理解しているということになるだろう。しかし新聞の朝刊に掲載されているプロの対戦を見るのは好きで、毎朝の喫茶店の楽しみとなっている。
碁の世界のプロでファンだったのは「藤沢秀行氏」だったが、お孫さんである「藤沢里菜さん」16歳が見事に女流本因坊の栄に輝いたことをお浄土で喜んでおられるものと拝察する。
随分昔に紹介した逸話をもう一度書いておこう。関西棋院の名張支部がオープンした際に「藤原秀行氏」が特別ゲストとして迎えられ、デモンストレーション的な対局を行った時のことである。
氏は小学生の弟子を伴われており、参加されていた中でアマの有段者がその子と対戦することになった。その時に氏は次のように言われた。
「この子に勝つ囲碁は教えているが、まだ合わせるレベルにはないのでお許しを」
「合わせる」というのは相手の実力に合わせてお付き合いのサービス対局をしてくれるということで、その有段者は全く歯が立たずコテンパンに負けたそうである。
プ ロという世界はそれだけ凄いということになるが、30年以上前に阿倍野の近鉄百貨店の特設会場で行われた囲碁イベントで、あるプロが10人のアマを相手に 対戦していたことを見学したこともあり、アマの人達が考え抜いて黒石を打つと、瞬時に白石を打って勝ってしまうのだからびっくりだった。
先 月末に享年101歳でご逝去された「呉清源氏」が「昭和の棋聖」と称された偉大な存在だった。氏の功績から殿堂入りを果たされたが、北京で天才少年として 注目され、やがて来日されて様々な記録を達成され、中でも氏が初めて打たれた「新手」が話題となった歴史も有名である。
昔、私に碁を勧め てくださった先生が、ある碁会所で友人の方と対戦していたら、横で見られていた人物が「いい碁を打たれますね」と言われ、その人物と先生が対戦したら1目 負け。友人の方が対戦されたら1目負け。「これって偶然?」と感じながら、その人物が帰られた後に碁会所の経営者に確認したら、2人が対局した相手はプロ の8段だったそうだ。これが前述している「合わせる碁」のレベルで、先生は思わず身震いされたそうである。
「試金石」「布石」「大局観」「大石死なず」「シチョウ知らずして碁を打つな」などの言葉もあるが、以後は経営者として学ぶことが多くあると教えられたことが印象に残っている。
今日の写真は普茶料理で知られる茶臼山の阪口楼の広間を。本格的な精進料理なので法要によく利用されている。