2015-02-27
思い出した草履問題
今年の天候は例年にないほど荒れることが多い。北海道で爆弾低気圧で大変みたいだし、東北地方の日本海側の大雪は想像以上だったという報道を何度も目にした。
千歳空港の欠航や「トワイライト・エクスプレス」の立往生もニュースになっていたが、過去にあまりない積雪の影響を受けていたようだ。
新聞記事の中に自転車事故が多発しているというのがあった。これまでに何度も衝突しそうになったことがあるが、細い道でも交差しているところはコーナーを大回りして歩くことにしている。
それによって互いの発見が少しでも早くなるので衝突を免れる訳だが、これも高齢者としての生活の知恵として実践するべき行動だろう。
深いご仏縁に結ばれる四国の葬儀社がお寺さんの葬儀を担当しているとブログに綴られていた。次々に来られるお寺さん達によって様々な変更が生じるケースもあり、それこそ臨機応変にということになるが、神経を遣う緊張感は想像以上だと推察する。
ある遠方の高僧の本葬儀の司会を担当した歴史がある。密葬義は地元の業者が担当していたが、満中陰の少し前に行われた本葬儀で指名を受けたものだが、本山の重職を歴任された方だったので100名近い同宗派のお寺さん達が読経をされるのだから大変だった。
打ち合わせに行ったのは本葬儀の10日前だったが、大凡の内容が決定したところで提案したことで皆さんが頭を悩まされた。それは、100名ものお寺さん達の履物整理をどうするかということで、同じような草履に間違いが発生しない対応が必要となり、アドバイスしたのがご到着時に付箋を準備し、ご本人に名前を書いていただいて鼻緒に結び付けるというものだった。
これは大阪府仏教会と大阪市仏教会が主催して四天王寺で行われた「太平洋戦争全物故者追悼式」で体験したことであり、各宗派のお寺さんが250名、楽人さん30名というご入場をどうするかで悩んだ問題でもあり、その時に決められた歴史もあった。
その時は入場される方々の履物を手にして後方へ回し、全ての方がスムーズに入られるように6名の女性スタッフで対応させたが。この本葬儀では檀家の女性の皆さんに担当いただけることになった。
多くのお寺さん達が次第を進められる場合には「会行事(えぎょうじ)」や「会奉行(えぶぎょう)」と呼ばれる方が総合的な進行に携わることが多いのだが、この本葬儀で予想だにしなかったハプニングが起きた。
私が司会をしていた場所は本堂の入り口の所だったが、100名のお寺さん達が着座され読経する左手奥の前方にその方がおられたのだが、開式の辞があって読経が始まって10分ぐらい経過した時の時だった。何か私の方に向かって手招きをされている。
何か伝えたいことがあるみたいだが、こんな隙間のない空間を縫って前方に行くのは大変なことだし、ひょっとして呼ばれていないのではと思いながら人差し指で自身の顔を差して確認したら、頷いて手招きをされているのだから行かなくてはならない。
「失礼します」と小さな声で何度も発し、やっと前方に到着したら予想もしなかった問題が発生していることを知った。
この本葬儀、導師を務めておられたのは本山の管長さんだったが、副導師の方が90歳を超えられる長老で、何かお疲れみたいなご様子で今にも倒れそうな状態だったからである。
「何かあったらどうする?」と質問されたが、何かあってからより今すぐ行動をするべきだと申し上げたら「そうだな」と返され、前方に着座していた若いお寺さん達を5名ほど呼ばれて副導師さんをフォローしながら庫裏へとお連れすることになった。
後日に知ったことだが、そのまま病院へ搬送されて3日間の入院という出来事だったそうで、対処としてはそれが善処となった結果に安堵した。
今日の写真は梅林から撮影した大阪城を。