2015-03-06

過去に学ぶ  NO 4124

フィリピン近海で戦艦「武蔵」らしき沈没船が発見されて話題になっている。同じ型に戦艦「大和」があるが、前号で添付している写真を拝借して来た広島のピピの社長が戦艦「大和」に関する慰霊式に携わった歴史があり、その時にメールや電話でやりとりしたことを懐かしく思い出しながら、「幸せ列車」のページに触れておいた。

小説や映画、またテレビのドラマでも採り上げられた特攻隊の事実。鹿児島県「知覧特攻平和会館」に初めて行ったのは20代の頃だったが、その時の衝撃は言葉で表現出来ないほど強烈なもので、遺書的なお母さんへの手紙の内容を呼んで涙したことをはっきりと記憶している。

特攻して行った人達は青春時代の若者だったが、当時の若い人達の文章力と達者な文字は驚嘆のレベルで、ワープロからパソコンの時代になった時代の人達とは異次元の世界のような気がしている。

そんな鹿児島の桜島の噴火が気になっている。大きな噴火にならなければよいと願っているが、チリでも大きな噴火で避難を余儀なくされたニュースもあり、世界中で自然災害に関して想像を超える深刻な問題になっているようだ。

アメリカの大雪も深刻で、2万便以上も欠航したニュースもあったし、着陸で滑走路から外れた事故も起きていた。

さて、我が家から5分ほど歩くと国道25号線の源ヶ橋に至るが、ここに流れていたという猫間川に関する資料を読んでいたらこの橋について語り継がれている物語りがあることを知った。

昔、この川で渡し船をやっていた人物が悪人で、旅人を次々に襲うような悪行を繰り返していたそうだが、ある旅人を殺害して気付いたのはその相手がずっと探していた自分の息子であることを知り、そこで自身の悪行三昧に目覚め、有していた財で人のためにと造ったのが「源ヶ橋」というものだった。

過日の「幸せ列車」のコラム「各駅停車」のコーナーで猫間川筋の電気館ビルから東へ入ったところにあるお好み焼き店「健心」について触れたが、遠い昔の流れていた川は現在の大阪環状線森ノ宮駅の近くを経て、京橋駅の近くにある寝屋川につながっていたという説もあった。

暗渠になったのは随分昔のことだが、大阪環状線が「省線」と呼ばれていた時代もあり、現在の車両基地になっている所にあった陸軍の砲兵工廠の地域で、鉄くずを搾取する組織が存在して当時は大変な問題になっていたこともあるそうだ。

この「工廠」が存在していたからだろうか、京橋付近が大空襲で多くの犠牲者が出て、今でも毎年追悼式が行われている

今日の写真はそんな「工廠」があった付近に存在している「大阪城公園駅」を。
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