2015-03-20
「終活」に関して NO 4137
プロ達の会合で話題になったことの中に、最近に目立って多くなった「終活」という問題があった。これに関するエキスパートであるメンバーは、「終活」のイベントが興味本位で行われている実態を指摘、その大半が主催者側のビジネス的発想という現実を嘆いていた。
もっと奥深く考えるべき。単に葬儀のことだけを考えるだけでなく、仏壇の将来やお墓や墓地の将来まで真剣に考え、菩提寺とは、旦那寺とは、檀家とはなどをもういちど勉強する必要があると指摘していた。
社会が核家族になってしまった現在では、学校生活を終えて社会人になった時点で故郷の実家を離れて大都会へ就職することが多く、やがてその地に家を建てて生活をするケースが多く、親の葬儀で実家に戻って来ても、その後は法要の時にしか戻ることもなく、やがてはご仏縁に結ばれていたお寺や墓地から離れて行くことも少なくなく、生活の地で本人が亡くなっても故郷のお寺とのつながりもなく、その地で葬儀を担当した葬儀社によって紹介されたお寺とご仏縁に結ばれることになる。
そんな将来のことまでを受講者に伝える「終活」セミナーなんて皆無だろうし、「葬儀社に騙されないように」とか「エンディングノートの書き方」などで学んだような錯覚に陥るが、葬儀社が悪いような発言をした葬儀社やコンサルタントが正しく見えるが、そこに大きな誤りがあることを考えるのが正しい「終活」の学びであろう。
エンディングノートが目立って多くなっているが、簡単に考えてはいけないことも起きている。本人の財産について書き記し、それを知った悪い子供が知らない間に着服していたケースも起きているし、パスワードなどセキュリティー対策のガードをしっかりとしなければならず、侵入した空き巣に財産情報を把握される恐れもあるのだから考えものである。
プロとしてアドバイス申し上げるが、「終活」フェアなどのイベントで柩の中に入る体験コーナーなどを設けている低次元なプロデュースは軽蔑されるべきで、柩とはもっと神聖で厳粛なものである認識だけは忘れないで欲しいと願っている。
誰にもお勧めするのはご自分が気に入られる写真を撮影されておくこと。写真が嫌いな方が90歳近くでご逝去されて40代の頃の写真しかなくてご遺族が困っておられたこともあるし、お通夜や葬儀に参列された方々がご遺影を見られて「式場を間違ったのかしら?」なんて問題が起きたこともあった。
昔、ある宗教者のセミナーを受講した際のことだが、夫婦間に男の子が誕生することは家にとって有り難いことという問題に触れられていたのが印象に残っている。墓地、墓、仏壇という家の伝承が可能になるからだが、男女同権は当然のことであっても「姓」ということからすると、女の子だけの誕生となれば将来に「絶家」という複雑な問題が絡み、「終活」とはそこまで含めて考えることが重要である。
「幸せ列車」で紹介されている10年前の「独り言」の今日の号は、九州で体験した大きな地震のことが書かれていた。九州地区で発生した地震としては記録的な大きな揺れだったが、その時は高速道路の本線に入ろうとする寸前のカーブを走行中だったので驚いたが、あちこち出掛けて地震に遭遇する体験も多く、今日の「各駅停車」では2001年3月24日に山陽自動車道の広島付近で遭遇した「芸予地震」の体験談も書いておいた。