2015-04-01

時代の流れに  NO 4147

アクセス環境の悪い地点に行っていたところから休載となったが、「まぐまぐブログ」の送信日だったので心配だった。

今日の号までプールされていたらしくてホッとしたが、明日にでも今月分を事務局へ送信しなければならない。

今日の号では「阪神淡路大震災」が発生した時の大変な体験話を書いたが、東日本大震災や火山の噴火などが起きないことを願ってしまう。

昨日の産経新聞の家庭欄に「広がるエンディングドレス」という見出しで最近に目立って多い「終活」について触れ、「自分らしい死に装束」という小見出しもあった。

こんな提案をされていたことが40年前にもあったが、話題にはなったがしばらくすると消えてしまった歴史があった。

当時にネットの世界はなく、それが情報として残ることがなかったからかもしれないが、「そうだよね!」と感じられても、「何時かは」と思いながらその時を迎えてしまったというケースが多く、中にはせっかくご準備されていたのに、悲しみの混乱に紛れて誰も気付かれず、満中陰の頃に娘さんが思い出されて後悔された出来事もあった。

我が国の習俗からすると装束は「経帷子」となるが、手甲脚絆の旅装束に対する若い人達の抵抗感は想像以上でも、ただ昔からの慣習でとなると流されて来ている事実も秘められており、それらが「終活」の潮流から表面化する可能性もあるだろう。

その当時の出来事で忘れられないことがある。我が業界にユニークな発想から提案された物が出て来たからだった。

故人の趣味を「かたち」として具現化したもので、カラオケのマイクやゴルフのクラブを木で作り、柩の内装品にと考えられたものであった。

内装品は様々な制限があるところからニーズがあるのではと販売に来られたが、厳しい言葉だったが「子供騙し」のレベルだと指摘した。

確かにご遺族が納めたいと思われる様々な品があるだろうが、本物を納めることが出来ないから「形だけの偽物」をというのはあまりにも短絡的な発想で、ご遺族の自己満足には至らないというのが私の考えだった。

売り込みに来た発案者は絶対に売れるという自信があって多くの在庫を抱えるぐらい製作をしてしまったみたいだったが、やはり指摘した通り歓迎されず、在庫の山をどうしたのだろうかと同情したことを憶えている。

我が葬儀の業界にもびっくりするような物を考えて売り込みに来られたケースは少なくなく、業界のフェアで出品されて話題を集めた物もあったが、話題を呼ぶことと歓迎されることは別問題で、ここでの勘違いで大損害に至ったという出来事も起きている。

そんな中で印象に残っている体験談を「まぐまぐブログ」で紹介する予定だが、責任問題から管理職の人物が解雇されるところをアドバイスし、何とか助かることになった出来事はきっと驚かれるだろうと想像している。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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