2015-04-04
ペットの話題から NO 4150
ペットの話題から NO 4150
子供がおられないご夫婦も少なくない。ペットを家族のように可愛がっているケースも多く、ご伴侶のお通夜に愛犬を連れて駐車場に来られた時、何とも表現出来ない悲しそうな泣き声を耳にした体験があり、動物に悲しみを感じる能力があるのかと思ったことが印象に残っている。
メキシコである高齢の女性が亡くなられ、葬儀の前日の葬儀場に多くの野良犬や野良猫がいたので遺族が式場側にクレームを入れたら、式場側も知らないということだった。
次の日の葬儀、やって来た野良達は20匹を超え、何か事情があるのではと考えたら、故人が生前にいつも野良達に餌を与えていた事実が分かった。
つまり、野良達はお別れにやって来た訳で、それを知った参列者は誰も式場から追い出すことをしなかったそうだ。
我が国でも「忠犬ハチ公」という物語があるし、フランスでは故人が埋葬されたお墓から可愛がっていたペットの猫が離れないとニュースになっていたこともあるが、人とペットにも絆が存在することも事実のような気がする。
ある著名な人物が亡くなった愛犬のために2000万円を掛けてお墓を建立して話題になったこともあるし、愛犬が亡くなったら自分のお墓の横にと遺言した人物もおられた。
世界には信じられない出来事もある。ペットに遺産を相続させるよう弁護士に依頼したケースもあるし、遺言の中に埋葬する柩の中に電話を入れるように命じていた人もあり、当時は携帯電話が登場していなかったので別の回線を申し込んで専用の電話を入れたそうだが、ずっと料金を支払い続けても電話が掛かって来ることはなかったそうである。
昔、我が生野区に鶴橋斎場という火葬場があり、墓地の一角にペットのお墓が並べられていた光景を憶えているが、そこには様々なお墓があった。立派な石にペット名が刻まれたものもあったし、河原の小石にマジックで書き込まれたものもあったが、それは子供が書かれた文字のようで、そんな行動を温かく見守った親のハートを想像して素晴らしい「命の教育」を体験させられたような気がした。
ペットの存在があると必ず別れの時が訪れる。病気や老衰状態になって動けない様子を目にすると悲しくなるが、それは言葉が通じないということが大きい。
我が家の悪猫も成人病を患っており、獣医から指導された餌を与えているが、これがびっくりするほど高額なので大変だ。
この稿を打ち込んでいるのはやぐら炬燵だが、その中央に悪猫が寝そべっている。中央部分がポカポカと温かいのでお気に入りのようだ。電源を差し込むと待っていましたというようにやって来る。
猫は狭い穴のようなところを好むと言われ、随分昔に「猫ちぐら」なる代物も存在していたが、全く入る様子がなくて放置してあったら、関東に在住する娘ファミリーが猫を飼うことになって宅配便で送った。
今日の写真はそんな「猫ちぐら」を。