2015-04-03

生かされながら  NO 4149

この6日間で4万歩以上歩いた。その中に階段も多く足腰の疲れは半端じゃないほど。しかし参拝という目的に支えられて何とか耐えられた。

杖を手に歩くことは想像以上に大変なこと。「体感に勝ることなし」という言葉があるが、地面が平坦であれば問題はないが、砂利道や傾斜があると負担が大きい。少しの上り下りの斜面でも敏感に影響を受ける。階段では絶対に手摺りが必要だが、今回に参拝した神社仏閣の階段部分に手摺りがないところが幾つかあって大変だったし、善男善女がやって来る知られるところで、こんな配慮が欠けている事実に改めて驚くことになった。

前にも書いたが、階段の手摺りにも木製と金属製があるし、太いものもあれば細いものもある。道路を跨ぐ歩道橋の手摺りは最悪で、渡り切ったところで掌を確認すればびっくりするほど汚れているので何処かで手を洗う必要がある。

我が家の階段に手摺りを設置したのは大病を患って退院する前だった。病院でリハビリに取り組んでいた際、先生から玄関入り口や階段の写真撮影を持参して欲しいと言われたことがあった。それは退院後にそれらがクリア出来るように予定されたもので、実際に同じ高さのものを設定して訓練するものだった。

介護や支援のチェックを受けるのは社会福祉協議会から派遣される人からだが、申請した頃は大変だったのにその後に奇跡的に回復することになって介護ではなく要支援の軽い方と判断された。

そんな診断テストに面白い物があった。数枚の絵を見せられて何に見えるかを答えるものだが、幼稚園児でも答えられるレベルである。終わってからそれが「認知症」の検査の一環であることを知ったが、齢を重ねることに喜びがあっても認知症だけはならないように願ってしまう。

何を食べたか思い出せないのは単なる物忘れだが、食べたことを忘れるようなら認知症の可能性が高いとある専門医が解説していた。

過去に交流のあった人物がNHKの特集番組に採り上げられていた。私より一回りぐらい若い年代だったが、奥さんが若年性認知症を患ってずっと介護をされていた。

勤務されていた会社も退職されて介護一筋という生活の日々だが、観ているだけで涙が出た。

ある本を読んで学んだことがある。先天的な障害を持ってこの世に誕生した子供さんの母親の話だったが、ずっと「どうして?」と神仏を恨む日々だったのに、ある時に気付いたことが「私が母として選ばれた」ということで、それから明るく過ごせるようになったというものだった。

何度も入院体験のある私だが、奇跡的にこうして生かされている。そこでご訪問くださる方々にアドバイス申し上げるが、絶対に大病を患わないように願ってしまう。
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