2015-04-27
シキミのことから NO 4173
葬儀に「花環」を供える慣習は関東を始め全国的にあったが、関西で「しきみ」がそれに代わるものだった。
どちらも葬儀の専門式場が登場するようになってから見掛けなくなってしまったが、大阪での「シキミ」は玄関表側に並べて備えるものを「四天」、室内の祭壇両側に一対セッティングするのを「二天」と呼称していた。
「シキミ」は常緑樹というところから「四季美」と当て字されていたこともあるし、漢字では「樒」や「櫁」が存在しているが、興味深いのは「梻」という字で「木」と「佛」が合体しているところから「神道」に用いられる「榊」に準じたのだろうかと想像してしまった。
「弗」という文字は過去にも書いたことがあるが否定語で、「沸」となれば「水」でないことになるし「佛」となれば「人」ではないことになる。
「シキミ」はその実に毒性があるところから動物が先天的に嫌う習性があり、埋葬の時代に山から切り出して持ち寄ったとも言われているが、お寺の境内に存在していたというケースも少なくなかった。
この「シキミ」に関しては様々な説がある。初めて我が国に持ち込まれたのは唐招提寺を開かれた鑑真師とも言われ、竜が棲むと伝説のあるインドの「無熱池」に咲く蓮の蕾と「シキミ」の実が似ているからと伝わっている。
この伝説は江の島にも存在しており、無熱池とは枯渇することのない池という意味も秘められている。
神道で榊が用いられるのは誰もが知るところだが、興味深いのは「愛宕神社」が神事に「シキミ」を用いる事実が続いていること。慣習とは誰かが考えて伝わったものだが、遡っても発祥の原点が不明ということも多く、「昔からこうだ」ということで続いていることが周囲にいっぱい存在している。
ネパールで発生した大地震の被害が甚大と報道されている。世界遺産となっていた仏教関係の遺跡の多くが崩壊したニュースもあったし、ヒマラヤのベースキャンプで発生した雪崩の凄さも想像を絶するものだった。
ペルーでは火山の噴火が起きている。自然災害の前に人間の無力な現実を知らされることになる。地球と言う星で生かされているという謙虚な考え方が大切のような気がする。
今日の写真はお釈迦様の生誕地であるルンビニの地。インド圏だがネパールとは深い関係ある地である。余震だけでも治まるように願って手を合わす。