2015-06-02

葬儀の思い出から  NO 4208

http://happy-train.net/法然寺前号で触れた町村氏とのやりとりに対する質問のメールもあったが、「幸せ列車」の管理人さんのコラムで触れてくださっているので上部からのリンクでどうぞ。

町村さんの葬儀は自民党葬として行われるようだが、改めて東に向かって手を合わせておこう。

さて、多くの方々の葬儀を担当申し上げた歴史があるが、忘れられないことも多く、今日はそんな中から紹介させていただこう。

葬儀の依頼があって打ち合わせに参上していたスタッフが帰社したのだが、彼が興奮気味にご当家の説明を伝える。子供さんがおられないご夫婦でご主人がご逝去されたということだが、玄関から居間まで軍艦の模型がいっぱい並べられ、葬儀当日は自衛隊の高官が参列されて弔辞を法定され、同時に感謝状を授与されるということだった。

詳しく事情を確認してみると、故人は戦時中に海軍に奉職されており、戦後は自衛隊を支援する組織団体の役員としてご尽力されて来た歴史があり、そんな功績に対して高官が参列されるということが判明した。

まず確認したかったことは自衛隊の関係者がどの程度の人数が来られるかということで、お通夜が始まる前に喪主さんから伺った話によると20名程度だそうで、全員が制服で参列されることが分かった。

弔辞は一般的に導師の引導の終わった後に行われるが、感謝状の授与となれば祭壇前のスペースを考慮しなければならず、それにはお寺様との打ち合わせも重要で、事情を説明申し上げてご協力を得なければならないが、幸いなことに昔からの檀家さんであり、毎月ご当家のお仏壇へお参りに行かれていたこともあり。故人のご生前のこともご存じで、引導の終了後は椅子を移動することで対応いただくことになった。

式場の中はご遺族とご親戚が中心だったが、会葬者の席を自衛隊関係者籍として準備、制服姿の方は中にお入りいただくことにしていた。

音楽のことも様々考えたが、そんな一部でどうしても献奏したい思いが生まれ、ハモンドオルガンで「海ゆかば」を演奏することにした。

それは高官の弔辞のBGMrとして活用したが、感謝状の授与の光景では誰もが知られる重厚な曲を流し、如何にもそんな雰囲気が生まれる空間になるよう進めていた。

ご出棺後に自衛隊の関係者からご丁寧に謝辞の言葉を頂戴したが、司会者自身で演奏していたことに驚かれていた。

それから10年後のことだった。お寺の檀家さん達の忘年会に招待されて出席したら、その時の喪主様もおられ、「その節はお世話になりました。私の時もよろしくお願いしますね」と託された。

今日の写真は昨年の団参で参拝した「法然寺」を。
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