2015-10-25

忘れてはならないこと  NO 4352

ハロウィン 「時流」にそむいて「自流」を創るなんてキャッチコピーがJR大阪環状線の車内広告ポスターで目に留まった。

2000年に社会へ発表提案して新聞の一面のカラー記事に採り上げられていたことや、多くのテレビのニュースや特集番組で放送されたオリジナルサービスの葬儀は、まさにそんな発想を具現化したものであり、多くのマスメディアの取材を受けた中にリポーターやジャーナリストの皆さんが「自分の葬儀はこのようにありたい」と発言されたことが印象に残っている。 

ホテル空間を会場としてシミュレーション葬儀を3回行ったが、体験したいという方々が多くて300席の会場で座れなかった人が出て申し訳ない状況だった。

3回目がマスメディア向けの企画だったが、1回目、2回目に入り切れなかった方々もご一緒いただくことになったので会場はいっぱいになっていた。

描いたシナリオは自分でもよく出来ていたと自負しているが、キャスティングには一切の妥協をせず、イメージ通りの1時間ドラマとしてプロデュースしたことから体感された方々がいつの間にかご自分の友人が亡くなって参列されているような雰囲気に包まれ、涙を流しておられた人も少なくなかった。

そんな中に大手新聞社の重職の立場の方もおられ、単なるニュースではなく真剣に取り上げて社会に紹介したいと後日に4時間の取材を受けることになり、予想もしなかった一面のカラー記事として掲載された訳である。

当時にホテル葬が流行しそうな感じを抱いていたが、ホテルの支配人を対象としたセミナーの講師を担当した際に予見したことが、今、現実になりつつある。

それは「偲ぶ会」や「お別れの会」でホテルが得意とする「おもてなし」と「飲食」だけを考えてしまって行うことが無駄となって廃って来るという指摘で、第一部である「式」そのものを軽んじることが崩壊の道を辿るというものだった。

大規模な寺院を式場として行われていた社葬だが、暑い、寒い、風雨という環境からホテル空間に移る可能性は高かったが、ホテルが不得意である「宗教」の部分を避けた行動は、いつしか名刺交換会みたいなことをやっても無駄という意見も出て来てしまうことになった。

新聞の訃報記事を読んでいると「後日にお別れの会を予定」というのも多いが、大企業の元会長や社長であっても85歳以上を超えている方の「お別れの会」に参列されても、故人と話したことのある人も少ないだろうと想像する。

ある社葬のプロデュースと司会を担当した際のこと。会場となったホテル側と施主となる会社の考え方は受付後に献花をされてそのまま会食会場にとなっていたが、故人の奥様のお悲しみが強いことを知り、第一部の「式」を重視するべきと提案。それが功を奏して奥様から感謝され、その環境を体感された役員さん達も「奥様を重視したことは正しかった。プロの言う通りに進めてよかった」という結末となった。

「時流」であってもその前に「本義」という「奔流」「と「本流」は忘れないようにしたい。それが私の「自流」の基本となっている。

今日の写真は宿泊したホテルのロビーにあったオブジェを。
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