2016-04-15

余震が治まることを願って  NO 4825

普通列車 鹿児島本線昨日の号で「御船警察署」とするところを「三船警察署」と誤変換していた。お詫びして訂正いたします。

午前0時過ぎにニュースを観ていたら、また「緊急地震速報」が流れ「震度6強」の地震が観測されていた。徐々に被害の実態が判明して来たが想像以上に大変な様子。余震が治まってくれと手を合わせてしまう。多くの人々がグランドで毛布に包まって夜が明けるのを待つ中、ひっきりなしに余震が続く。

昨日のNHKテレビのヘリコプター中継のアナウンスは最悪だった。何かを伝えるのに「え~」のオンパレードだからで、実況させるなら耳障りにならないレベルのお喋りが出来るキャスティングが重要である。また、被災者達にインタビューをしているアナウンサーも最悪。NHKはおかしな会長になってからキャスティングがどうも変だ。

各放送局のニュースを観ていたらびっくりする映像があった。九州新幹線の「つばめ」の車両の連結部分がずれている状態で、脱線していたのでしばらく運休になるようだが、本線ではなく車両基地への回送列車で乗客に被害がなかったのは幸いである。

夜に発生した大きな地震。こんな場合は不安が一層強くなる。何処か避難所で多くの人達と過ごすことが大切だ。

熊本駅前に多くの人達が深夜に集まっている映像もあったが、次々に余震があるし緊急地震速報が出る状況に誰もが危機感を抱いて家の外に出ることになる。

九州地方では「震度7」は初めて記録した揺れで、日本列島では東北大震災からということになる。

病院にもライフラインの問題から入院患者を取り敢えず県立高校の体育館に搬送した報道もあったが、病室で体験された地震の揺れは恐怖だっただろうと想像する。

道路の陥没や家屋の倒壊で通行不能となっているところも多く、停電の影響から信号機が点灯しないので車の運転も要注意である。

阪神大震災の当日に担当していた葬儀で大正区の小林斎場にご出棺したが、現在のあべのハルカスの交差点から西は信号が点灯せず、大変な状況だったことを思い出す。

震源地で大きな被害が出ている周辺には何度も行ったことがある。すぐ近くに流れる「緑川」の上流のダムでも釣りをしたことがあるし、甲佐から矢部の方へ行ったこともある。

昨日は電話が通じなかったが、今朝から通じるところもあり、安否確認をしていたら避難している人達がいてびっくり。「震度6」の揺れで自宅の別棟が傾いたり屋根瓦が落ちたという情報もあったが、負傷者がいなかったことに安堵した。

所用があって大阪環状線に乗った。降りて来る人が多かったので待ってから車内へ入ったら、優先座席は満席。そこでそうでない席を確認したら一人分の余地がある。杖を手にそこへ座ろうと移動すると若い男性が先に座ろうというところだったが、私の姿を見て譲ってくれたので助かった。ここで「有り難う」と書いておくが、女性の車掌さんのアナウンスのボリュームが大き過ぎて大変だった。

ご仏縁のある東京のお寺のご住職が遷化されたことを知った。過去に何度か大阪の大規模な葬儀でご一緒したこともあるが、東京で大変お世話になったこともあった。

1回目は時折に東京へ行っていますと言ったら「上京されたら電話してよ」と言われていたこともあり、東京駅から電話を掛けたら「便利でお勧め」というホテルを予約くださり、その夜に珍しいシステムの大人のバーに連れて行って貰った。

そこはカウンターに座って前を見ると、ありとあらゆる洋酒が逆様になってバーテンダーがグラスを押し付けるとシングル分が入るような仕掛けになっており、さすがに東京だと感心したことも憶えている。

2回目は私が憧れていた茨城県の超名門として知られる「大利根カントリー倶楽部」のメンバーさんに招待された際のことで、六本木のプリンスホテルに宿泊をと言われたら、そのお寺がホテルのすぐ近くに存在しており。午前6時過ぎにお迎えに来ていただいて首都高から常磐道に入ってコースへ向かった。

もうあれから30年近くの月日が流れた。私も大病を患って杖を手にする生活の日々になってしまい、東京までお別れに参列することは叶わないが、東に向かって「お念仏」を唱えて手を合わそう。

今日の写真は熊本駅で撮影した普通列車を。ここから5分ほど走行すると益城町周辺である。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
携帯で下のQRコードをスキャンするか
 または
携帯に下のURLを直接入力します。
URL http://m.hitorigoto.net