2016-07-29

時代の流れ  NO 4930

政府専用機過日に羽田空港でハワイアン航空が緊急着陸をして滑走路が閉鎖される事故があったが、昨日にも北海道からホノルルへ向かって出発したハワイアン航空機に不具合が発生し、成田空港へ緊急着陸する事件が起きていた。

同じ航空会社が続けてこんな問題が発生するとは「しっかりしろ!」と言いたくなるが、来月には忘れられない御巣鷹山の事故の日を迎えるので交通機関の事故が起きないように願っている。

今日も成田から韓国へ向けて飛び立った大韓航空機が済州空港でパンクしたニュースがあったが、大韓航空も何かと騒がれる航空会社だ。

1970年から就航した「ボーイング747型機」の製造が今後は予定されていないニュースがあったが、国内では日本航空も全日空も引退しており、貨物機を政府専用機しか飛んでいないそうだ。

1970年と言えば大阪万博が開催されたことでも知られるが、あれから46年も月日が流れたことを思うと感慨深い。

初めてこの飛行機に搭乗したことを憶えている。搭乗する前にこんな大きな機体が空を飛ぶなんて信じられなかったが、機内に入って改めてその巨大さにびっくり。「ジャンボ」という呼称の意味を実感した。

国内線では伊丹と熊本間、伊丹と千歳間。国際線ではロスアンゼルスから羽田、成田からフランクフルト、パリから成田を利用したが、最後に搭乗したのは関西空港とホノルルを往復するデルタ航空機だった。

デルタ便の往路は2階席だったが、左右窓側に1席ずつしか設定されていないので贅沢なもの。シートもフルフラットなので楽だった。

復路は1階席の最前列で、シートを倒してナビゲーションの画面を観ながら過ごしていた。

出発前にネットで機内サービスをチェックしたら、「お好きな時にお好きな物を」と表記されており、機内食も洋食と和食があったので往路は洋食にしようと考えていた。

関西空港のラウンジで過ごしてやがて搭乗し、離陸してしばらくしたら40歳くらいの金髪のCAさんが機内食のメニューを持って来てくれた。そこで「洋食を」と頼むと「和食の方がお勧め。私の旦那は日本人で、日本を出発する時は和食と言っています」と言われ、和食に変更することにした。

食事が終わってから何か飲み物でもとメニューを見ていると彼女が片付けに来てくれ、それが済むと「おやすみなさい」と言ってスポットライトを消した。

お蔭で何も注文せずに「お好きな時にお好きな物はどうなったの?」と疑問を抱いてホノルルへ行った。

病的な偏食なのでホテルの近くにあった日本料理店ばかり行っていたが、ちょっと食べ過ぎたみたいで帰国した時は人生最高の体重を記録しており、それから1ヵ月ほどして絶食を強いられる病気になって入院することになった。

今日の写真は「ボーイング747型機」で政府専用機である。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
携帯で下のQRコードをスキャンするか
 または
携帯に下のURLを直接入力します。
URL http://m.hitorigoto.net