2016-08-21
友人と会って NO 4952
前号で「荒尾梨」の写真を再掲したが、その大きさに驚嘆されたとメールをくださった方もあったが、昨日に届いた梨は「世羅幸水農園」で収穫された幸水梨で「根が養分をつくるように樹を守り、一果一果に丹精を込めて」という生産者からの葉書も添えられていた。
夕方から友人に会って持参されていた創作品の見本や企画内容を拝見したが、如何にも創作者らしい感性が感じられるものだった。近日中に世の中に発表されることになると思うので、そうなった時点でこの「独り言」でも紹介予定だが、21世紀は社会賛同と歓迎される提案でないといけないという持論があるが、それはクリアしているように思えた。
ある商品のパンフレットを拝見した。それはコラボを予定されている異業種のものだったが、商品説明と写真が高額な物から順に並んでいることが気になった。こんな場合は低額商品から順にするべきなのにとつい指摘してしまった。
販売する側の「高額な商品を買って欲しい」という本音が見えてしまう誤解が生じる危険性があるからで、それを目にしただけでUターンをしてしまう人も考えられる。
今日は過去に書いた「独り言」から現在の葬儀の変化を予測していた事実を触れておくことにし、2006年7月8日発信の「NO 1559 社会の変化?」を再掲しよう。
午前中に自宅前の医院へ。奥様から「患者さんのエコーの最中なの。ちょっと待ってね」と言われて思い出したのが手術することになった私の病気の発見時。この医院の超音波で体内状態が判明して命拾いをしたのである。
エコーを受けておられる方に<幸運に恵まれますように>と祈りながら新聞を読んだ待合室、診察室に呼ばれたのはそれから5分後ぐらいだった。
「血圧正常、すべて順調のようです」と先生が。しかし、私が申し出たことで指導されることになった。
入院前62キロだった体重だが、退院時に58キロに減っていた。そこから回復のために努力した3ヶ月、中々戻らない状態だった。それがどうだろう、昨夜に銭湯で計測したら62キロを超えていたからだ。
そんなところから「体内脂肪に気をつけましょう。運動しましょう」とご指摘を受けた。私の年代になるとすぐにウェストが太くなって来る。禁煙に伴う兆候のひとつかもしれないが、出来るだけ身体を動かす努力をするつもり。昨夜は速いスピードで7キロを歩いたが、前から痛めている踵が疼き出したので無理をしないことも大切みたい。
自宅に戻って着替えていると友人から電話が。入院されているお母さんの病状が悪化したそう。「家族葬で考えているんだけど」ということから喫茶店で待ち合わせ。
彼の思いは義理的会葬者に対する抵抗感が強い。それは、お父さんの葬儀の際に実感したから。私のアドバイスは交流の深い方々のリストアップを始めること。 その方々だけは知らせるべき。そこにテクニックがあり、その方々から義理的参列者に広がらないようにしようと提案した。
昨今に多くなった家族葬だが、葬儀を終えてから予想外の方々が自宅に来られることも当然で、その対応から「知らせるべきだった」と後悔されることも少なくないからだ。
テクニックとして「Xデー」を迎えた際の訃報通知に添える文章を教えたら、「それ、最高!」と賛同された。
家族葬は簡単ではない。間違った形式で進めてしまうと取り返しのつかない後悔が生じてしまう。そうならないためにはしっかりとした業者選びと事前相談が重要だろう。
さて、数日前、他府県のお寺の住職と会った。そこで仰った重いご意見が次のこと。
「我々宗教者が怠慢していたことから葬儀が大きく変わってしまった。その典型的なことが葬祭専門式場の出現と家族葬の流行だ」
そこから話題がホテル葬に進み、これまでの経緯と現況から始め、「持論」である「会」と「式」の相違について議論を交わすことになったが、妙にご納得をされたので驚いている。
「自論」のぶつけ合いというひとときもあったが、やがて思いを共有することになったのが「時論」ということで、「山本リンダかな」と独り言のように呟かれたお言葉が耳に残っている。
これは10年前に書いた「独り言」である。この時代から「家族葬」があったことも事実で、それらは聞こえのよい響きから一気に潮流となり、様々な問題も起きていることも事実である。
今日の写真は予土線の車内から撮影した「四万十川」を。