2016-10-02

10月を迎えて  NO 4992

四天王寺の境内からもう10月である。また大きな台風が接近中なので心配しているが、世界の政治や国内の政治も宇宙観が欠けているように思えてならない昨今で、ふと過去に書いた「独り言」のことを思い出したので再掲を。

以和貴  NO 1538    2006年6月17日発信

少し前の号で、数の単位を表す「載」について触れ「ゼロ」を発見したインドは凄いなんて書いていた。

ふと目にした演歌CDのキャッチコピーに「切ない女心」という文字があり、自然に傍にあった辞書で「切ない」を調べたのが不思議。この「切ない」を挟んで「刹那」と「刹那主義」が記載されてあった。

角川新版実用辞典によると「刹那主義」とは「過去・将来を考えないで、現在の瞬間の生活を充実させて生きようとする主義」とある。

この「刹那」というのも数を表す単位のひとつであり、同辞典では「極めて短い時間。瞬間。とたん」とあった。

冒頭の「載」が想像を絶する大きな数字の単位なら「刹那」は反対に想像を絶する小さな数字を表す単位。「0、00・・・」という風に「ゼロ」が18桁も続くものである。

インドという国は、天文学的数字の似合う哲学が存在する。そこで生まれた仏教だからこそ素晴らしい世界なのだろうが、いやはや「お釈迦様」とは偉大なお方だと改めて手を合わす。

キリスト教の世界では、誰もが気付いた矛盾を解決するのに大変な時間を要した歴史がある。その代表的なものが天動説と地動説、そしてダーウィンの進化論で あり、これらは余りにも有名な問題なので内容については省くが、聖典、経典という存在を否定することの難しさだけは理解出来るだろう。

人が創ったり決めたことなら「人」によって変えることが簡単に出来るが、人でない「神」「仏」が創造されたものは簡単ではない歴史、そこに人間社会の難しさが秘められているのである。

過去に何度か書いた「弗」の文字の意味。それが否定を意味する文字であり「佛」は「人でない」から「ほとけ」となるが、我々日本人は、現在の仏教につながることになった礎とも言える三蔵法師と聖徳太子の存在に、畏敬の念を抱いて感謝をするべきだろう。

過日に四天王寺付近を歩いていたら「太子は和の国の教主」という表記が目に留まった。仏教だけではなく、音楽の重要性を感じられて雅楽を奨励された功績は高く評価するべき。

太子制定の十七条憲法の「以和貴」の教え、今、最近の世界情勢にこそ、最も重要なキーワードのように感じている。

今日の写真は「四天王寺」の境内から。
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