2016-11-01

しんどいけれど  NO 5016

タバコ CMぼちぼち更新しなければ重篤になったと誤解されるかもしれないので更新するが、今日も朝から医院へ行くと、駐輪場に自転車は2台しかなかったので大丈夫と思って玄関の扉を開けたら履物がいっぱい。待合室は満員で空席が一つもない状態。そこで出直すことにして自宅へ戻った。

昼前にもう一度行ってみたら待合室には5人の先客が、そのうちの二人が知人で、同じ大病を患ったこともあって病気の話題で過ごした。

何かの情報文で「11月11日」が「立ち飲み」の日となっていることを知った。「1」が立っている人の姿から考えられたものだろうが、私は昔からこの「1」の数字との相性が悪い。

青春時代に右手首を骨折したのは「4月1日」だし、ある年の「1月1日」に救急車で搬送されて入院した体験もある。

また大きな交通事故で入院したのも11月で、「1」に関する日は何事も自重することにしている。

さて、私が喫煙を始めたのは満年齢で20歳を迎えてからだが、周囲に10代で喫煙している人も少なくなかった。選んだ銘柄は「ハイライト」で価格は70円、かなり強いタイプだったみたいだが、若い人達に人気があった。

ハイライトは20本入りだがピースは10本入り。両切りのタイプで香りが好まれたみたいで特に缶入りのタイプを好む人もいた。

京都の大学に通っていた友人もこの缶入りタイプ専門だった。彼の「これがタバコだ」という言葉で試したことがあるが、ハイライトというタイプからすると両切りは難しい抵抗感があった。慣れていないと口の中が葉の粉でザラザラして来るからだ。

ピースを吸う人達は一本を手にすると机や箱でトントン叩いて吸い口の部分を紙だけにする人もいた。10代の頃に入院した時に泊まり込んで介助してくれる高齢女性がいたが、彼女が吸っていたタバコは「朝日」という銘柄で、フイルターでない吸い口が付いていたことを記憶しており、最も安価なタバコだったものである。

オバサンは病室内でも喫煙していたが、当時は院内禁煙というルールもなく、列車や飛行機内でも自由だった。

腹部の大手術を受けたことを機に禁煙したが、もう10年の月日が流れている。最近は喫煙する人達を隔離するような環境になっているが、受動の問題で法制化の動きがあるようだが。飲食関係の団体からは分煙で対応したいという意見が出ているニュースがあった。

30代で半年間禁煙したことがあったが、食べなかった朝食を食べるようになって体重が5キロぐらい増えて喫煙を再開してしまった歴史もある。

また、20年以上前のことだが、出張で長野へ向かった深夜の中央道で、禁煙して10日目だったが、居眠り運転をしないようにとサービスエリアでハイライトを買ってしまったこともあった。

ハイライトは「デラックス」という10円高いタイプが登場したこともあったが、社会がニコチンの含有量などを話題にするようになったことから、ホープ、ピース、ハイライトなどが姿を消し始め、やがてセブンスターの時代になっていたのを憶えている。

「しんせい」「いこい」「富士「桔梗」「チェリー」「みのり」などの銘柄も憶えているが、東海道線で京都へ向かうと左側に専売公社があり。その壁に大きな文字で「今日も元気でタバコがうまい」というフレーズがあったが、社会に禁煙ムードが高まってきた頃「今日も元気でタバコ買うまい」と言い換えて話題になっていたことが懐かしい。

今日の写真は懐かしいタバコのCMポスターを。
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