2018-02-21
懐かしい! NO 8124
数日前の旅番組で「トシ&タカさん」が近鉄志摩線の無人駅をサイコロの数字で巡る放送があったが、その中で「松尾駅」が出て来て懐かしかった。ここには昔から信仰対象になっている「青峯山」の登り口があり、数年前に妻を伴って挑戦したが、閑散とした山道でイノシシに出遭ったら最悪としばらく登ってから断念したことがあったからだ。
番組ではこの駅から食事の出来る場所に向かって歩き、途中で出会った人が車で送ってくれる内容になっていたが、その食事に選んだのが上之郷駅と志摩磯部駅の中間にある「川うめ」で、我々もこの店で鰻を食べたので同じだった。
近鉄志摩線の各駅停車は運転手さんが乗車整理券での料金の受け取りを担当されているが、我々の目的が知られる「中六」と伝えると、駅から行く道を丁寧に教えてくれたことが印象に残っている。
中六に着いた時は午後1時過ぎだったが、玄関には「本日は閉店しました」という看板があり、中々予約が取れないとは知っていたが、こんなに早く売り切れになるとは思いもしておらず、仕方なく喫茶店で教えて貰った「川うめ」に行ったものだった。
賢島で伊勢志摩サミットが行われてからしばらくしてからのことで、喫茶店のママさんが地元の経済効果アップにはならなかったと話されていたが、今日のニュースで来年の梅雨時期に我が大阪で「G20」が行われることになったと伝えていた。
市民のインタビューも紹介されていたが、歓迎の中に交通インフラの混乱やテロを心配する声もあった。
そうそう前述の上之郷駅近くには伊勢神宮の別宮になる「伊雑宮」がり参拝して来たが、門前に「中六」があった。
上之郷駅は志摩スペイン村がオープンに関して「志摩磯部駅」から改名したが、今では閑散とした駅前になっている、
帰路は現在の志摩磯部駅まで歩いて特急を利用したが、車窓から見える「青峯山」を見ながら寂しい思いをしたことを憶えている。
伊勢志摩は私が小学生の修学旅行で行った地で、当時の関西の小学校の修学旅行の大半がこの地。伊勢神宮、賢島、鳥羽、二見が定番で、その時に宿泊したのが二見だったと記憶している。
当時に近鉄志摩線はなく、志摩電鉄が賢島と鳥羽間を結んでおり、近鉄が経営するようになってから宇治山田駅と鳥羽駅を結ぶ新線が完成、賢島まで特急が運転されることになったのだが、現在は「つどい」という名称の観光電車も運転されており、中々の人気と言われている。
修学旅行の時に鳥羽駅の山側にある日和山展望台に上がったことも憶えている。当時は観光エレベーターが存在していたが、昭和49年に鳥羽駅の火災の延焼で損壊の後に解体されたそうである。
今日の写真は近鉄特急を。このタイプは「スズメバチ」というニックネームで呼ばれている。