2018-04-28
生かされて NO 8185
ある日突然に脳疾患に襲われ、想像もしなかった下半身麻痺となってしまう。何も問題なく立って歩いていたことが、発病した瞬間から動けなくなるのだから信じられないが、私も過去に体験しているので誰よりも理解している。
救急車で搬送された次の日からリハビリが始まる。3人の療法士が毎日1時間ずつ対処してくれるものだが、平行棒みたいな物で歩行に挑戦する自身が信じられなく、まずは事実と現実の受け容れから始まることになる。
ベッドの上で座ると倒れてしまう状態から脱出するには簡単ではなく、2カ月程度は車椅子生活を強いられて苦労した。
自分の名前や住所を書くリハビリもあったし、線をなぞる訓練もあった。また箸で小豆ヲ掴む練習もしたし、お手玉を2メートル先に置かれた小さな箱に投げ入れるテストも受けたが、左右の手のコントロールが難しく、全く入らなかって情けなく思ったこともあった。
車椅子から抜け出すには歩行器で訓練しなければならない。歩行器にも様々なタイプがあり3種類を体験したが、小脳の一部に問題があることから方向感覚が異常で、右の壁にぶつかってしまう。
そんな体験を担当医師に伝えたら、先生は「酒を飲んだら千鳥足になりますが、あなたは酒を飲んでいない状態でもそうなってしまうのです」と言われて衝撃を受けた。
歩行器から離脱出来て次に進むのは杖を手に歩くことだが、廊下の中央部を歩いても右の壁にぶつかってしまうので大変だった。
後方を振り返ると気分が悪くなることもあり、それは退院してから3年程続いたのでバスや電車に乗ることも不可能なので困っていたが、4年目を迎える前頃に改善した。
最も深刻な後遺症が嚥下障害で、顆粒の薬が飲めずに全てを粉砕して貰って粉末にして貰っていた。
今でも横着をすると誤嚥をしてしまうことがある。飲食物が気管支に入ってしまう苦しさは体験しなければ理解出来ないだろうが、尋常ではない状態になるので気を付けている。
飲み込む際に脳内から気管支に蓋をするように命じる機能が狂ってしまうという嚥下障害だが、食べ物より水が速く到達するので大変で、スプーン一杯の水を飲めるまで数カ月を要した。
左半身の温覚と痛覚麻痺が残っているが、苦しいリハビリに耐えたことから杖を手に歩くことが出来るし、味覚を失わなかったことも幸運だったと思っている。
今年になってから様々な問題兆候が出て来ているが、「生かされている」試練と考えて受け止めており、全国に点在する友人や知人に「出会ってくれて有り難う」と伝える行脚をしたいと思っている。
友人や知人に脳梗塞や脳出血で入院している人が増えている。日頃の血圧チェックや定期検査も重要で、後悔されないようにと願っている。
今日の写真は過去に利用したトマムのホテルを。左側のツインタワーだった。