2018-10-26
NO 8351 短編小説 あの頃 ④
そこからドラちゃん独自が体験して来たゴルフの哲学を詳しく話し始めた。「僕ね、テレビのプロのスイングを見て気づいた訳。アマチュアと違ってどうしてあんなに綺麗なのだろうかということからゴルフの解説書を買って読んで分かったことが、スイングの中に偶々ボールがあって当たって飛んで行くということで、練習場でボールを打つよりもレッスンプロに理想で正しいスイングを習った方がと考えた訳」
教えて貰ったスイングを自宅の庭で素振りを何度も繰り返し、完全なスイングになったのではと思って練習場に行ってボールを打ったら、それまでとは別人みたいな球筋になって信じられなかったそうだが、ドラちゃんはそれを最も近道で習得したように思え、水野も真似てみようと考え、大いに触発されていた。
そんな時、水野の横に座っていた知らない人物が言葉を挟み、会計士と言うその人物が興味深いことを講義するような口調で話し始めた。
「ゴルフ場はね、完成するには100億の金が必要と言われ。不便な山奥の山林を購入するなら30億、道路に近い便利な山林なら40億、工事費が30億、クラブハウス建設と広告宣伝費を含む会員募集費で30億と言われているのですが、最近のように次々とゴルフ場が開発され、あちこちで会員募集が行われていると中にはややこしい連中も暗躍するのは当たり前で、騙されないようにしなければいけないよ」
会員募集は百貨店やゴルフ関係の企業を代理店として行われていることもあり、融資を引き受けた銀行が取引先に持ち掛けるケースもあるが、最も信用出来るのは銀行の推薦と言われていたので、金村のケースも安全な選択と考えられた。
100億と言う金額が飛び出してびっくりした3人だが、100億ならば1000万円の会員を1000人入会させなければならない。それは初めて知った興味深い話で、ゴルフ場の建設費の現実を教えて貰ったことで話の種が増え、ドラちゃんが何より喜んでいる表情を見せ、会計士と言う人物が飲んでいた日本酒を一合「サービスです」とカウンターの上に置いたら、「有り難う」とお銚子を乾杯風に持ち上げてお礼を言い、場が一気に和やかなムードになった。
ドラちゃんが体験談の哲学を続けた。
「プラス思考とマイナス思考があるけど、ゴルフは絶対にプラス思考が重要だよ。ティーグランドに立って、クロスバンカーや池が目に入ったら『あそこだけは行きたくない』と思うけど、その時に危険な部分は2割で安全な部分が8割もあると考えると余裕が生まれるだろう。これこそプラス思考なのだよ」
水野は実際にゴルフ場に行ったことがないのでティーグランドのことは理解出来なかったが、金村と会計士の二人は感心したようで、「見事な説得力がある。次に行った時はそうしよう」と会計士が言うと、金村も「僕はマイナス思考の性格なのでゴルフに向いていないのかもしれないな」と自分の性格を嘆いていた。
ドラちゃんの解説が続く。周囲にいたゴルフをやる人達が聞き耳を立てている。それだけドラちゃんの言葉が参考になるのだろう。
「プラス思考はね。ハンデにも大きな影響があってね、例えば16のハンデならハーフで8つもボギーが打てるのに、パーを1つ取らなければならないと墓穴を掘って自滅する訳よ」
「それ分かるわ。僕、18のハンデの頃にいつもパーを取らなければと焦っていたけど、いっぱいボギーを叩けると考えれば随分と違う訳だ」
そう答えたのはハンデ9の金村で、彼は過去のことを思い出しながら間違いなく上達出来る道を発見したような気になり、すぐにでもゴルフ場に行きたくなっていた。
ドラちゃんは、初心者である水野のために割り箸を手にしてグリップについて教えてくれた。
「こうね。左の親指を出来るだけ遠くに置いて、そこからズラシて手前に引くと小指、薬指、中指の三本がしっかりと握れるだろう。これが重要なのだ」
講義を聞く人達が割り箸を手にしてそれぞれ確認をしている。その光景を見られた座敷席の客さん達が興味深そうに見守っている。
「本当だわ。もっと早くに教えてくれていたらうまくなっていたのに」
それは会計士の本音だった。ドラちゃんと何度かラウンドした金村はいつもハンデを与えていることもあり、食事代を掛けて負け続けていたことを思い出し、「プラス思考で次が楽しみになった」とご機嫌だった。