2018-11-02
NO 8360 短編小説 あの頃 ⑪
「ニワトリというのは誰もが理解出来るだろう。玉子を産むということからOBになったのにポケットかセーフゾーンにボールを落とすゴルファーのことで、『あいつはニワトリだ。気を付けろ』と言われたら最悪だろうね。西郷隆盛と言うのはね、クラブを一本手に持って誰よりも早くセカンド地点へ行き、自分のボールを確認し、もしもディボット跡に入っ0ていたらクラブを引き摺って出す訳で、その姿を後ろから見ると上野の西郷さんのように犬を連れているように見えるからだよ。それからね、銭形平次はちょっと高等技術を要するテクニックでね、誰よりも早くグリーン上に行き、自分のボールをマークする際にコインを指で飛ばしてホールに近付ける訳」また店内が爆笑に包まれた。ラウンド経験のない水野も笑ったが、吉村がどこからそんな面白い話題を引き出して来たのかとびっくりし、改めて吉村の器の奥行の広さに畏敬がアップした。
続いて水野が俎上になる話題となった。それは吉村が言い出したことで、水野の初ラウンドへのアドバイスだった。要約すると芝生が緑になった春か、暑さの時期が過ぎた秋にするべきということで、ある女性が冬の寒い時期に初ラウンドをして「二度とゴルフをやらない」となってしまったことや、猛暑の中でラウンドして熱中症みたいになって救急車で搬送されたこともあると知った。
「初ラウンドは僕と金村君が同行するよ。出来たらドラちゃんも行こうよ」
それは優しい言葉遣いで吉村が言ってくれたものだが、厨房に入っているドラちゃんが「任せなさい」と大歓迎の言葉を掛けていた。
その時期は秋が過ぎてもう初冬だったので、初ラウンドは来年の春ということになるが、それまでに上達して同伴者に迷惑を掛けないようにしないといけないと思った水野だが、読んだゴルフ指南の本の中に書かれていた一文を思い出していた。それはゴルフが紳士のスポーツで他人に迷惑を掛けないことが重要ということで、初ラウンドに必要なアイテムについても質問したら金村が丁寧に教えてくれた。
「ゴルフ用の手袋は2足準備するべきです。下着の替えも大雨もあるから3セットあれば安心です。ボールはOBも多い筈なので余分に用意し、長いティーと短いティーも必要ですね」
長い短いについては練習場のゴムのティーで体験しているので理解出来たが、吉村がグリーンの凹みを直すフォークをプレゼントしてくれることになり、如何にも吉村らしいアドバイスをしてくれた。
「いいかな、寒い時期に誰が見ても寒そうな服装をして震えていることも迷惑になるし、夏の暑い時期にタオルも持たずに汗を流している姿もいけないよ。一般的に言われる『見てくれ』が意外と大切なんだよ」
初ラウンドまで半年あるから頑張ろうと思った水野だったが、ドラちゃんが「早く上達して店のコンペに参加してブービー賞をお願いね」と言って笑わせた。
ずっとご機嫌ムードだった会計士が完全に酔っぱらっている。何とか会話に入りたいと割り込んで来る。
「ブービーというものはブービーメーカーの存在があってこそ入賞出来るもので、私なんかいつもブービーかメーカー専門だ」
会計士はハンデが26だそうだが、競技だけではなくプライベートでラウンドした際のスコアもホームコースに提出しているところから、オフィシャルハンデとなっていた。
吉村はそのオフィシャルハンデがゼロというのだから凄いの一言である。ハンデがない人をスクラッチプレイヤーと呼ぶが、それはゴルフの道に入った人達の究極の憧れであり、ハンデ一桁を所謂「シングル」と呼称しているが、外国に行ってシングルと言ったら独身者と間違われるそうなので気を付けたい。
「金村さんもシングルでしたね。私もシングルを目指しているのですがはるか遠くの世界に感じているのです」
そんな岩木の言葉にドラちゃんが「飛ぶだけではシングルになれないよ。バッタもゴキブリも飛ぶからね」と笑いを誘った
ドラちゃんはユーモアがあって人気があるが、それはホームコースのゴルフ場でもキャディーさん達に好かれ、面白い人として話題になる程だった。
ある時、セカンド地点でキャディーさんがクラブを持って来てくれた際、「有り難う・蟻が十なら蚯蚓は二十歳」と言ったことがキャディーさん仲間に広がって大受けした出来事も知られている。
飛ばし屋で知られる岩木が何か独り言を言っている。それは先月にラウンドした時のことだった。 続く