2018-11-04
危険な道路 NO 8363
ある交差点の赤信号でスーパーカーが停止している。信号が青に変わった途端にけたたましい音を立てて発進、レース場と勘違いしているのではと思うような加速にびっくり。ひょっとしたら並んでいる車に「ゼロ4加速」を競っていたのかもしれない。随分昔のことだが、新聞の投書欄にある高齢男性が投稿されていた文章内容に目が留まったことがあった。それは、高速道路を走行していて制限速度内で走行するスポーツカーに抱いた思いで、娘の旦那に迎えたくなるようなことを書かれていたので驚いたが、当時に人気のあったスポーツタイプの車は「ケンメリ」タイプのスカイライン2000GTだった。
私が普通免許を取得して初めて買った車は800ccで、当時の車のパンフレットには「最高時速」が明記されており、その車は「105キロ」だった。
名神高僧道路の高槻付近にある下り坂でなければ105キロに到達することはなく、そんなことを考えたら最近の車には驚くばかり。
180キロ以上は出せないようにセッティングされているみたいだが、一部の会社には200キロも可能だそうで、実際に300キロの速度計もあるのでびっくりだが、新幹線並みの速度で走行するとは信じられない。
さて、前日の号で書いた友人から郵送されて来たオイルだが、腰痛の部分に塗布すると思っていたら大違い。メールが届いていたので読んでびっくり、それは口腔内でしばらく含んでおく物だった。
就寝前に服用している薬とのバランスについてもアドバイスがあったが、取り敢えず試してみようと就寝前に取り出し、アドバイスにあったように瓶のスポイドで吸い込んで服用したが、まさにオイルそのもので参ったが、これぞ薬だと苛まれる腰痛のことを考えて我慢したが、限界を迎えて飲み込んだ後に何杯もウーロン茶を飲んだ。
テレビの特集番組で「オメガカーブ」と採り上げていた。名阪国道の天理と福住インターの途中にある五ケ谷付近のカーブだが、ゴルフに行っていた当時に何十回と通った道、特に帰路の下り坂は危険がいっぱいだったことを思い出すし、事故を起こした友人や事故で亡くなった知人もいるので恐ろしい。
この道路が開通した当時は西名阪高速道路がなく、国道25号線で24号線に出て天理から入ったことを記憶しているが、当時の建設大臣の鶴の一声で早く開通した歴史もあり、確か現在の河野外務大臣の祖父だったと憶えている。
友人と寺田町で待ち合わせして美章園駅の下にあるお好み焼き店に行った。天王寺駅で阪和線に乗り換えて次の駅なので近いが、帰路は寺田町付近まで歩いて甘い物を食べて来たが、楽しみにしていた「クリームみつ豆」は機械の故障でクリームが出来ないので残念だった。
今日の写真は長万部駅と洞爺駅の中間にある秘境駅「小幌駅」で、両方にトンネルがあっいて鉄道か内浦湾から船で行くしか行けないので知られている。