2018-12-26

忘れられない日  NO 8408

忘れられない日ニュース番組の中の特集で南海トラフの地震について解説されていた。発生してから2時間で大阪まで津波が襲来すると指摘されていたが、御堂筋が川のようになり、梅田やミナミの地下街が水没するというのだから恐ろしい。

30年以内に発生が予想されるそうだが、私がこの世に存命中には起きて欲しくないと願っているが、火災で6万戸の家屋が焼失するという指摘には衝撃で、地震が発生したらすぐに避難するべきと考えたい。

前にも書いたが、いざと言う時の避難先を考えておかなければならない。我が家の近くに生野工業高校もあるし、5分も歩けば生野中学校や西生野小学校もあるが、学校は避難者が殺到することも予想され、樹木の存在が飛び火する恐れがあるので恐ろしい。

発声の日時は全く予想が不可能で、1分後に起きるかもしれないので考えると怖いが、消防庁の「震度7」を体感出来るシステム映像を見て室内の家具の倒壊を防ぐ対策を再認識した。

私はJRの東部市場駅を目指して避難しようと思っている。近くに広い百済貨物ターミナルがあるし、高架駅の階段を上がってホームから線路を辿れば、火災の炎に遭わなければ東の奈良県側に行くことも可能で、出来るだけ短い時間で住宅地から離れることが重要である。

今年は台風21号で大変な被害に遭った。吹き飛ばされて穴の空いた3階と4階の外壁を修理する序に、屋根を含む全てを塗装して貰ったので真っ白な建物になり、雨音まで静かになったのでびっくりしたが、全面的に足場を組んでネットで包まれた時は近所の人達から「建て直すの?」と聞かれた。

右の目がいよいよ悪くなって来ている。足の裏の感触は異様なレベルで、左右の足が互い違いに歩けること自身が不思議で、移動出来ることの奇跡に手を合わせている。

平成の時代の終わりも間近だが、阪神淡路大震災のことは忘れられない。自宅の1階で就寝していたが、午前5時46分に発生した大きな地震は我が家をミシミシと軋ませ、倒壊すると恐怖を感じたものである。

薬を服用しているところから目覚めるなんて思ってもしなかったが、それだけ揺れが強かったと思うし、天井から下がる和風の蛍光灯が揺れて天井に打ち付けている光景は今でも鮮明に憶えている。

大地震が火山の噴火から影響するという専門家の指摘もあり、インドネシアの衛星写真を観てびっくりしたが、火山列島にある我が国の環境を考えると震えてしまう。

今生天皇が来春に譲位されるが、阪神淡路大震災の追悼式の10年目のリハーサルで、天皇陛下の役を担当して式場に入ったことも忘れられない。「陛下はそんなに速く歩かれません」と言われてやり直したが、私の人生にあって忘れられない体験である。

今日は同じ病気の体験をした人物と話した。互いがポケットから医療機関の診察券を取り出して枚数を競ったが、彼は20数枚も持っていて負けた。

私も10数枚を持っているが、彼の服用する薬の種類の多さにも驚いたが、杖も持たずに歩いておられ、少し左手に支障があると打ち明けられ、私が救急車で搬送された病院で、検査が終わった後に医師と看護師さんの会話が聞こえ、私の人生が終わったと思ったのでこうして奇跡的に戻って来た不思議を実感している。

脳幹損傷、延髄損傷、右半身不随、左半身温覚と痛覚の知覚障害、呂律回らず、複視、声帯半分障害、誤嚥性肺炎発症なんて聞いたら誰もが終わったと思うだろう。

来年の2月で丸10年を迎えるが、リハビリで何とかコミュニケーション対応が嘉応になって助かった。これも神仏の思し召しと考え、余生を社会に役立つ構想を積極的に取り組みたいと思う昨今である。

今日の写真は神戸の小学校の校庭で慰霊のために企画された人文字である。
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